伯母を責めることはできない

伯母としばらく睨みあったのち、話題を変えてみた。ちょっと散らかりすぎだし、せっかく来たのだから掃除の手伝いさせてよ、と言った途端、伯母の目がさらにつり上がった。こちらの戦略ミスである。

「私には私の暮らしがあって、都合がいいようにやっているの。ここらへんは私の大事な書類がいっぱいあるから触らないでちょうだい。私のウチなんだから!  もう来てくださらなくてけっこうですっ」

母はこのやり取りの間、火の粉をかぶらぬよう部屋の隅にじっとうずくまっていた。

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この日はいったん引き上げた。伯母がぷいっと顔をそむけたまま、返答しなくなったからだ。もうどうにもならない。今日のエピソードを忘れて、気分がリセットされるまで、物事は進展しないだろう。

生活費問題は、ゴミ問題と同じレベルで私たち親族を悩ませた。まとまったお金をあげたら最後、「湯水の如く」どころか、ジュッと蒸発するように消えてなくなるのだ。老女たちの生活を立て直したいのに、その方策が一つも見つからなかった。

伯母の貧困は、自己責任である。けれども、今さらそれを責め立てて何になるだろう。そういう風にしたのは家族でもある。

それに、伯母はわがまま勝手だが、本来は情の濃い、優しい人間なのだ。
母は昔、乗り物恐怖症のため遠出ができなかった。だから、幼稚園や小学校で親の付き添いが必要な行事では、常に伯母が母代わりだった。自分が親きょうだいから庇護されてきたように、私やいとこたちの安心と安全を最優先してくれた。そんな人間を、邪険にできるはずがない。どんなに憎まれ口を叩かれても、伯母と母の行く末をあきらめるわけにはいかなかった。

親の付き添いが必要な学校行事に、妹のために来てくれた姉。それが伯母の恵子だった(写真はイメージです。写真の人物は本文と関係ありません) Photo by iStock

次回は1月22日(水)公開予定です

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