たった一人残されてしまった

きょうだいが結婚して家を出ていっても、伯母は扶養されていた。祖母が亡くなると、兄である伯父の年金を頼りに生活した。

伯父はあるときパーキンソン病で倒れ、介護を要する体になった。しかし、伯母の社交生活に変化の兆しは見られなかった。さすがにきょうだいが伯母を糾弾し、趣味よりお兄さんだろうと介入しようとする。ところが伯父は、弱々しい声で「恵子の好きにさせてやってくれよ。可哀想だから」と言うのだ。恵子に対する両親の過保護が、長兄にも受け継がれていた。

自分を養っていてくれた実の兄が病に倒れ、介護が必要な生活になった。それでも、気ままな生活を変えるきっかけにはならなかった Photo by iStock

伯父が亡くなった。

収入は伯母自身のわずかな年金のみとなった。それが何を意味するか、伯母はわかっていなかった。入金されると喜んで使ってしまう。年金が偶数月にしか支給されず、入った金額の半分がひと月分だとは認識しなかった。伯父がいた頃と同じ暮らしはできなくなったことに、気づいていなかった。あるいは向き合おうとしなかったか。
お金が足りないわ。でもやりたいことはやりたい。そのうち、誰かが何とかしてくれるでしょう。

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なんだか帳尻が合わないと困っていたところに、夫の遺族年金が支給される登志子が転がり込んだ。伯母からしたら、困窮しているところに降ってわいた良いニュースだったのではないか。なんたる幸運。これでまた、好きなことができる。町内会の人と、あちこち出かけられる。