私たちの力不足が、活動を妨げているの!?

ここで、日本政府が出しているSDGs訳を改めて見てみよう。

目標5は「ジェンダー平等を達成し、すべての女性及び女児の能力強化を行う」と訳されている。その中身においても「ジェンダー平等の促進、ならびにすべての女性及び女子のあらゆるレベルでの能力強化のための適正な政策及び拘束力のある法規を導入・強化する」など、Empowermentは能力強化とのみ訳されている

ここで少し考えてみて頂きたい。「女性の能力の強化が必要」とは言っているが、「女性の能力が不足している現状があり、それがジェンダー平等の文脈において問題だ」、そんなふうにも捉えられないだろうか?

この表現では、女性が活躍できない責任の所在が、それを阻む社会構造から、女性本人へとすり替えられてしまう。そこの認識が違うと、打ち出される政策も、取り組みも、根本的にずれかねない。これは実は大きな問題だ。

ジェンダーギャップは、女性に能力がないから起こるのだろうか? photo/iStock

そんなことを思いながら、私は昨年日本で参加した勉強会を思い出していた。その勉強会は、国会議員も幾人か登壇し日本で女性議員を増やすことを目的とするものだった。登壇者は6人中4人が男性で、こういった内容としては珍しい比率だった。

「どうして女性議員が増えないのか」という問い対して彼らはこう言った。
「こちらは出馬を応援しようとしているのに、そもそも女性の側が手を挙げない」
「結局、女性が自立したくないだけではないか」
「自分たちは女性政治家を増やそうと頑張っているのに」

と、気づけば女性たちの「能力強化」を試みているにも関わらず、それでも尚一歩を踏み出さない女性を責める声に溢れていた。

政治家になるためには、政治経済の勉強はもちろん、話し方の練習、選挙の方法を学ぶことは重要だ。しかし、残念ながら女性はそれ以前にあまりに多くの不安、障害に直面する。その状況下で女性が出馬に手を挙げるのがいかに難しいことか。彼らは「エンパワメント」の本当の意味を、分かっていなかったのではないかと私は推測している。