「エンパワメント」の本来の意味とは!?

「エンパワメント」という言葉は、直訳すれば「権利、力の付与」といった意味を持つ。しかし20世紀後半、アメリカで起きた先住民運動や公民権運動、その後80年代の女性の権利獲得運動の文脈で使われる中で、本来の意味だけでなく、さらなる意味づけがなされていった。

決まった定義はないが、国連の文章をもとに私なりにその意味をまとめると、エンパワメントは、「能力開花の妨げとなる様々な社会的抑圧や不足から解放され、社会的資源へのアクセス、対等な存在として政治・経済・社会・文化的生活への参画、権利などが満たされること。さらに、それぞれの人が本来自分に備わっている能力を最大限に活かし、自分の生活や環境を自分自身でコントロールする力を持てるようになること」という感じだろうか。

参考資料:https://digitallibrary.un.org/record/777727#record-files-collapse-header

エンパワメントが問題提起しているのは、エンパワメントされる側の能力不足を補う、ということではない。むしろ、“その人が本来発揮できる能力を持っていること”を前提としている。その上で、その人が持つ能力が様々な制度や社会の構造によって活かしきれないこと、また本人もそういった社会の中で自分にある権利や能力に気づけない、もしくはそれらを活かすこと諦めざるを得ない、そんな状況に問題提起をしているのだ。

実際に、第70回国連総会で採択された持続可能な開発のための2030アジェンダを読んでも、ジェンダー平等とエンパワメントの説明でも、

「人類の潜在力の開花と持続可能な開発の達成は、人類の半数に上る(女性)の権利と機会が否定されている間は達成することができない。女性と女児は、質の高い教育、経済的資源への公平なアクセス、また、あらゆるレベルでの政治参加、雇用、リーダーシップ、意思決定において男性と同等の機会を享受するべきである」

と、そのことはしっかりと明記されている。

少々難しく書かれているが、要約すると、問題は女性の能力不足ではなく、基本的な権利の実現や機会の均等が整っていないことで、もともと持つ能力発揮が阻まれている社会が問題、なのだ。

ジェンダー平等とエンパワメントはいっしょに語られるべき言葉なのに、理解が少ない。photo/iStock