お弁当をきっかけに転塾した子も

子どもカフェコンビニ弁当問題。

スレッド的に書き込みが続いていたからか、いつの間にか「問題」になっていた。ただし、女性が書いたことは一理あると思った。私は「塾に行かなきゃいけない社会」とはとらえていないけれど、一定数の児童が、塾に行って中学受験に受からなきゃいけない社会に一時的に身を置いている。コンビニ弁当になってしまうのは親に時間的余裕がない確率が高い。いずれもそれが問題かどうかは意見が分かれるかもしれないが、誰もが「うーん、どうなんだろう?」とモヤモヤしてしまうのは確かだ。

当時、中学受験をする子どもを塾に通わせていたワーキングマザーは、塾弁問題で困った末に何度か転塾したそうだ。弁当のいらない近所の塾から、休憩時間がないという「子どもにとっては過酷な理由」で弁当のいらない塾に移った後、再び別の弁当のいらない近所の塾に変えた。夕食は自宅で家族と食べていた。
この女性は弁当を含めた「食」を重要視していて、「受験先は給食のある私立中学にしました」とあった。

一生懸命頑張っている子どもに頑張ってほしいという想い、でも仕事でどうにもならないという現実、いろんな思いが交錯しているはず(写真の人物は本文と関係ありません) Photo by iStock

しかしながら、塾弁はひとつの文化になりつつある。ネット上で「塾弁」と検索すれば、お母さんたちが精魂込めた色とりどりの弁当の写真やレシピが並んでいて、とても参考になる。時間に余裕がある人が「うちの塾弁」を発信している。多くは女性だ。

弁当を作る人はおふくろ、つまり女性という概念はまだ社会に根強い。冒頭の投稿に対するコメントには、スポーツ少年団のコーチが「試合でコンビニ弁当を持たせる親が多い。おふくろの味はどこへ?」と書いていた。

塾弁を頑張った人、弁当にしなくて済む方法を模索した人。
さまざまな声とともに、塾弁の手作りを期待されるのが父ではなく母かと思うとやりきれないという意見もあった。共働きなのに、母親である自分だけがやってきた。後に続く母親たちにそんな思いをさせたくないというものだ。