出生数低下・人口減少を止めたいなら、給料払って社会保険料下げろ!

戦後データでみる給与・社会保険・金利
木下 斉 プロフィール

給料が下がっていく時代

最近の若者はお金がないとかそんなことばかり言ってまじめに働かない――そんな話題で盛り上がる高齢経営者が集まる国の会議に出るたびに嫌気が差すわけですが、この時代感覚の齟齬は、生きてきた時代の違いから発生していると言って間違いないでしょう。

というのも、高齢経営者は本当に、最近の若者は単にわがままを言っていると思っていて、ゆとり教育がよくないだとか、根性が入っとらんだとか意味不明なことを念仏のように繰り返すのです。これは、想像力の欠如、事実と向き合う気がないということに起因しているように思います。

 

それでは、こういう時代感覚の齟齬はどうして生まれるのか。

大きく3つの問題があります。

まず第一に「給料が上がらない」という問題です。

以下のグラフと国税庁のデータをもとにしてグラフ化しているものです。

★税金の雑談:自分の年収は平均より上? 下? 給料の高い業種は? 国税庁の統計を見てみよう(奥川浩彦@アイピーアール 2018年3月9日)
https://internet.watch.impress.co.jp/docs/special/1110709.html

さてさて、注目すべきはこの中の平均給与の伸びグラフです。

1950年代から働き始めた皆さん、ものすごいですよね。ぐいぐい給料があがっていきます。もちろん、今と比較すればお金はない時代ですが、毎年これだけ上がるわけですから、先の見通しは明るいでしょう。1945年生まれで中卒、高卒が当たり前で、15~20歳前後から働き始めた方々が多くいた時代と考えられます。

敗戦直後で厳しい子供時代を過ごしたとはいえ、働き始めるのが中学卒業直後16の春とすれば1960年代。平均値とはいえ給与は年間25万円程度でしょうか。そこから1965年にかけて年間50万円程度に上昇し、30代を迎える1970年代には年間100万円程度まで上昇していきます。

中間管理職などでバリバリ働くような40代を迎える1980年代には年間300万円程度まで急上昇。さらにバブルを謳歌してエグゼクティブな年代を迎えるころには年間450万円という日本平均給与の最高値まで上がっています。

スタートは厳しかったとしても、まさに人口急増、冷戦体制、平和産業への注力などによって、給与はうなぎのぼり、というのが今の高齢者たちの若い時代の感覚なけですね。

このアゲアゲな時代の感覚は、今の若い世代には全く分からない世界です。

例えば私は1982年生まれですから、小学校入った1989年にはバブル経済を迎えて日本のピークですぐにバブル崩壊。物心ついて経済ニュースなどが分かるようになる1990年代には、まさに「失われた30年」突入。その後は給料は下がり続ける、リストラが起こる、大きな会社がつぶれたり、非正規雇用が増加、就職氷河期世代の苦難というの暗いニュースを毎日のように見続け、徐々にその当事者世代になっていきます。

団塊ジュニアである今の40代は、そういう意味では本当に厳しい世代です。就職時点でバブルが崩壊して雇用環境が冷え込み、就職したらしたでバブルを起こしてバブルで踊った世代の割を食わされる、戦後処理のような仕事という始末。

挙句の果て、従来から働いている上の世代の雇用構造を守ったまま、人手はほしいものだから、非正規雇用という中途半端な雇用改革をし、低賃金化が加速します。やるなら全員の正社員構造を破壊しろよ、という話ですが、「自分たちは切られたくないけど、若者は仕方ないよね」という発想でやってしまったわけですね。

かくいう私も氷河期末期の世代ですが、本当に自殺者が多く、暗い時代だったのを覚えています。

結果として、日本の人口が再び急増するチャンスだった1990年代~2000年代、団塊ジュニアの出産状況は冷え込みまくり、少子高齢化にターボエンジンをつけちゃったみたいな話になったわけです。

少子高齢化がここまできたといって今さら大騒ぎするのは馬鹿げています。90年代のうちに本気で取り組むべきだったのです。それが最後のチャンスだったのです。

今ごろになって人手不足ということもあり、40代を一部雇用しますとか救済措置みたいな話が出てきていますが、本当に、戦後の日本で一番いい思いをしたのは団塊の世代であり、そして一番割りを食ったのは団塊ジュニアではないでしょうか。

そりゃ給料が毎年確実にあがっていくと思えば誰しも楽しく使えるでしょうが、今の世代は子供の頃から経済が冷え込みまくっていたのを知っているので、コンサバティブになるのは当然です。なのにその差異が全く伝わらないのです。

とてつもなく給料があがっていた時代と、給料がどんどん下がっていく時代とでは、人の行動が変わるのは当然です。