「ジョージア」のCMで起きた「ジェンダーの描かれ方」の大転換

日本のCMに起きている変化
森山 至貴 プロフィール

ほかにも、「FIRE」という缶コーヒーの場合、過去においては江口洋介や三浦友和、柳楽優弥、現在では桐谷健太がみなスーツ姿というきわめて「男性らしい」出で立ちでCMに登場する(江口と桐谷はサラリーマン役だ)。

あるときははっきりと、あるときはそれとなく「缶コーヒーは男の飲み物」というイメージが打ち出され、視聴者はそれに触れる中で、このイメージを当たり前のものとして知らぬ間に受け取っていく(そもそも男性の方が女性よりも缶コーヒーを飲んでいるから、テレビCMも男性向けのものになるというのも事実であり、正確にはテレビCMと購買行動は鶏と卵の関係にある)。

 

「ジェンダー化」とは何か

ここで召喚したいのが、本稿で鍵となる概念、「ジェンダー化」(Genderingもしくは Genderization)だ。ジェンダー論に関する辞典のなかから、その説明を引用してみよう。

端的にいえば、ある事柄が男らしい、あるいは女らしい性質があるとき、またはジェンダーによって異なるパターンを示す時、その事柄は「ジェンダー化」されている。たとえばピンクやブルーはジェンダー化された色である。ピンクは「女らしい」、ブルーは「男らしい」と見なされる。
(J・ピルチャー/I・ウィラハン『キーコンセプト ジェンダー・スタディーズ』新曜社、p.73)

色の例はとてもわかりやすいだろう。例えば、男女別のトイレの表示がそれぞれ青系と赤系の色で塗り割られていることは珍しくない。野球やサッカーは男子、ピアノやバレエは女子が習うものという観念の存在は、ジェンダー化された習いごとの存在を示しているし、看護師は女性、医師は男性といったイメージがあるとすれば、ジェンダー化された職業が存在するということになる。同様に、缶コーヒーもまたジェンダー化された飲料だ、と言うことができるだろう。