3日前まで元気だったのに

まさか、こんなことになるとは、想像もしていなかった。
40代半ばで妊娠した丸石佳子さん(仮名)は、血液検査で胎児の染色体異常がわかる検査「NIPT(無侵襲的出生前遺伝学的検査non-invasive prenatal genetic testing)」でダウン症の可能性が高いと言われ、羊水検査で陽性と確定したけれど、産む決心をかためて赤ちゃんに会うのを楽しみにしていた。

「心拍停止のつい3日前まで 超音波で元気だったんですよね。それが、少し胎動が足りないなと思い始め翌日に病院の救急へかかったら、もう……」

診察室の入って診てもらうと、医師はすぐに言った。

「もう心拍がありません」

隣の夫が先に泣き出した。
あと一息で臨月というところまで来て、「さあ、がんばろう」と思っていたのに、ぷつんと糸が切れたように終わってしまった丸石さん夫婦の妊娠。

撮影/河合蘭
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ジャーナリストの河合蘭さんによる連載「出生前診断と母たち」。本連載は、日本における出生前診断の現状を伝えている。そこには様々な親や医療従事者たちの思いがあるが、出産に関して決断するのは当人たちだ。出生前診断でダウン症の確率が高くても何もせず、そのまま出産することを選んだ人もいる。出生前診断そのものを受けずに出産した人もいる。そして、ダウン症だということがはっきりわかって、産まない決断をした人もいる。

大切なのは、親たちが誰かに指示されずに「自分で決断できるか」ということだ。10回流産したうえにようやく授かったわが子が、出生前診断の末、ダウン症だということがわかった丸石さん夫妻の決断と、その後をリポートする。

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NIPT(新出生前診断)を受けた理由

その4カ月前――丸石さんは、かかっていた都内の大病院で新出生前診断とよく呼ばれる「NIPT」が行なわれていたので遺伝カウンセリングを申し込んだ。

「周りに流された面もあります」と丸石さんは言う。
都心に住んでキャリア中心に生きてきた丸石さんは、友人や同僚たちも高齢妊娠が多く、NIPTを受ける人はとても多かった。でも、ダウン症の赤ちゃんが生まれてくることを防ぎたいと思ったわけではい。

なんと言っても、不妊治療7年目にして、やっと授かった妊娠だった。7年間の不妊治療の間に体外受精の採卵は29回、受精卵を子宮に戻す「胚移植」は19回、流産はごく初期の「化学流産」を入れると10回を数える。結婚してから10年間も仕事に没頭し、不妊治療のスタートを切るのが遅くなったのでこのような大変な治療になってしまった。

検査を受けたのは、ただ、もし、わが子がダウン症があって生まれてくるなら、その子にしてあげられることは何かを調べ、準備をしておきたかったからだ。

その病院では、学会の決めた基準を満たした認可施設としてNIPTを実施しており、検査を受ける前に遺伝カウンセラーによる「遺伝カウンセリング」があった。

検査を受けて、もし陽性だったら、NIPTは確定検査ではないので羊水検査か絨毛検査を別途に受けなければならないこと、『産むか、産まないか』という苦渋の決断を迫られることについてもきちんと説明があった。

そうして受けたNIPTで、結果が出る日、丸石さんはカウンセラーの口から「陽性」という言葉を聞いた。目の前が真っ暗になって、意識がふうっと遠のいた。

頭で「異常があるかもしれない」と思っていることと、実際にそうとわかることは、次元がまったく違うことだった。