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「中国の福田和子」20年間逃亡を続けた美人殺人鬼が遂に逮捕

顔認識技術の普及であっけない幕切れ

とりあえず日本の福田和子とは

1982年8月19日に愛媛県松山市で発生した通称「松山ホステス殺害事件」は、松山市内のマンションに居住するホステスが、同僚ホステスであった福田和子に殺害されたものだった。

福田和子の犯行であることは容易に判明し、逮捕は時間の問題と考えられていた。しかし、捜査網をかいくぐった福田和子は1997年7月29日に逮捕されるまで14年と344日間も逃亡を続けたのだった。逮捕当日の7月29日は、当時の刑事訴訟法ではまだ15年であった「死刑に当たる罪(殺人罪、強盗殺人罪など)」に対する公訴時効の成立まで残すところ21日前であった。

 

彼女は殺人犯として指名手配されていたが、この逃亡期間中に7回も美容整形を受けて様々に容貌を変え、警察の捜査をかく乱して全国のキャバレーを転々として逃げ回っていたので、メディアはその逮捕後に彼女を「7つの顔を持つ女」と呼んだのだった。

福田和子は1997年8月18日に殺人罪で起訴されたが、その起訴は公訴時効成立のわずか11時間前であった。

彼女は1999年5月に松山地方裁判所で無期懲役の判決を受けて控訴したが、高松高等裁判所により控訴棄却となり、2003年11月に最高裁判所が上告棄却の判決を下したことにより無期懲役が確定した。その後、和歌山刑務所に収監されていた彼女は2005年3月にくも膜下出血により死去した。

福田和子は1948年(昭和23年)松山市生まれの享年54歳であったから、1997年7月に逮捕されるまでの49年の人生においてその1/3を逃亡に明け暮れていたことになる。約15年間にわたって逃亡を続けた理由はかつて服役した刑務所で2度も強姦されたことがトラウマとなっていたからだというが、実に不幸な人生であった。