「治療」について理解されずに批判

そんな中でも、雅子さまは、1日も早い公務復帰を目指して、懸命の治療を続けていた。

その治療としては、主治医の指導のもとにものの考え方や受け取り方(認知)に働きかけ、気持ちを楽にしたり行動をコントロールしていく「認知療法」。
強い不安を感じるものに、段階的に慣れていくトレーニングをする「行動療法」などがある。

雅子さまの場合、その「行動療法」の一環として、アニマルセラピーのための乗馬、体力づくりのためのテニスやスキーと言った運動、外の環境や雑踏に慣れるための私的外出をされることもあったが、これは、医師のすすめに従って取り組まれた「課題」だった。

しかし、前述したように、「心の病」は周りから理解されにくい

「公務を休んでいるのに、なぜ乗馬や私的な外出ができるのか?」

そんな疑問や不満の声が、絶えず雅子さまに向けられることとなった。

2005年1月、静養先の奥志賀高原スキー場での皇太子ご一家。スキーも行動療法のひとつといえる 写真提供/宮内庁

また、出来る範囲で、「公務に慣れていく」ことも治療のひとつだったが、体調に波があるために、予定されていた公務を直前でキャンセルせざるを得ないこともあった。

2005年2月、スペシャルオリンピックス冬季世界大会ご出席のための長野県訪問は、なんと出発1時間前に中止になったという。

こういった地方公務の際には、県警や県庁職員、大会関係者など多くの人が動いて、何カ月も前から準備をしている。直前でキャンセルされたら、不満が噴出するのも無理はない。雅子さまの体調に振り回される形で右往左往するマスコミも、苛立ちを感じるのは一緒だっただろう。

雅子さまのご病気の状態を考えれば、公務は欠席を前提にして、体調次第で行けるようになったら出席を発表する、という方法もあったかもしれない。東宮職が、そういった臨機応変な配慮をすることができなかったことも、今さらながら残念に思える。

しかも、「適応障害」という病名が公表されてまもない頃の会見で、東宮大夫は東宮職と医師団の意見として、ご病気の一因を「取材や報道にある」と強調していた。雅子さまを守るために報道の自粛を呼びかけたにしても、「悪者」扱いされたマスコミは、そもそも面白くなかっただろう。

また、この病気には、光や人の目を怖がるという症状もあるために取材を規制する必要があったのだが、その説明が足りなかったため「マスコミ嫌い」と言われ、雅子さまへの風当たりが厳しくなってしまったのだ。

2005年1月、愛子さまに書初めを教えられる雅子妃。こうしたリラックスした姿を見かけることができるのは数少なかった 写真提供/宮内庁