東宮職とのすれ違い

その頃、皇太子夫妻と東宮職の間で、上手くコミュニケーションが取れていなかったことも不幸な要因のひとつではないだろうか。

皇族の公務や生活を補佐するための役所が「宮内庁」だが、その中で「東宮職」は、皇太子を支えるための独立した組織だ。
本来ならば、家族同然のような親密な関係にあることが望ましいはずだが、お世継ぎ問題や雅子さまの病気のことなどで行違ううちに、ご夫妻と東宮職との間には溝ができてしまった
そのため、意思の疎通が十分にできず、マスコミに対しても、お二人のお気持ちや状況をうまく発信することができなかった。

 宮内庁やマスコミは、東宮職からの情報が少ないことに不満を感じ、情報が少ないために事実が歪曲されて広まっていく。
それも、バッシングの大きな原因のひとつだったという。

さらには、当時、皇室の中で、皇太子夫妻が孤立しているような印象が強かったことも、おふたりにとっては逆風となった。

天皇陛下や秋篠宮の皇太子への苦言

2004年11月25日、秋篠宮殿下は39歳の誕生日会見で、異例ともいえる発言をされた。件の「人格否定発言」に関して、「記者会見の前に陛下に話をするべきだった」と、弟が兄に苦言を呈したのだ。 

そして、その1カ月後の12月23日、今度は父である当時の天皇陛下が、「人格否定発言についてまだ十分に理解しきれぬところがある」などと言及された。
お身内から相次いで発せられた批判的な言葉。それに対し、翌2005年2月、45歳の誕生日会見において、当時皇太子だった陛下は、こう意見を述べている。

「陛下のお考えも、秋篠宮の考えも、私の考え方も同じ。話し合いを続けることで理解は深まる」

と前置きした上で、キッパリとこう言い放った。

「どこの家庭でも同じように、世代間の考え方の相違はあると思います」

穏やかな口調ながらも、どこか頑ななその言葉に、皇室ご一家の中に不和が生じているのではないかと、何やら不安な気持ちになったものだ。
そんなこともあって、当時の皇太子夫妻には「皇室の問題児」というイメージがついてしまった。

「天皇陛下にたてつく皇太子」「公務のできない皇太子妃」……と。

2005年1月の一般参賀。ご結婚のため最後となる清子さまとともに姿をみせた雅子妃。笑顔を必死で作っているようにも見える Photo by Getty Images