令和になって初めての一般参賀が行われる。10月22日の「即位の礼・正殿の儀」からはじまった、即位に伴う一連の儀式も終わり、天皇皇后両陛下は新たな思いで国民の前にお立ちになることだろう。

2020年新年にむけた皇室の記念写真。2020年、皇室のみなさま全員が心からの笑顔になれるように祈りたい 写真提供/宮内庁

皇后雅子さまは、2019年12月9日のご自身の誕生日を迎えるにあたり、天皇陛下についてのお言葉を求められ、以下のコメントを出した。

「お忙しい中でもいつも私の体調をお気遣い下さいますことに心より感謝申し上げます。私も、天皇陛下のお務めの重さを常に心にとどめ、陛下をお傍でお助けできますように健康の一層の快復に努めながら、皇后としての務めを果たし、陛下とご一緒に、国民の幸せに力を尽くしていくことができますよう努力してまいりたいと思っております」

「健康の一層の快復につとめる」その年月が、15年以上にわたっている。

漫画家で小説家の折原みとさんは、現在「週刊女性」にて「皇后雅子さま~笑顔輝くまで」という漫画連載(月1回掲載)を持っている。連載開始前に資料をよみあさり、過去の動画もみまくって、仕事、結婚、出産……女性が直面するすべてのことにおいての、「雅子妃の苦悩」には愕然としたという。

FRaUWebでは、折原さんが漫画ではなく文章で雅子さまの状況を伝えていく。連載第5回では、「心の病」となってもなかなか専門医にもかかることができなかった背景を伝えた。その第6回をお伝えする。

本記事は多くの文献を読んだ上でまとめておりますが、事実関係のベースは『皇后雅子さま物語』(友納尚子著/文春文庫)を参考にしています。

手を取り合って歩み続けてきたお二人

長年のストレスのために、「適応障害」という心の病を発症された雅子さま。陛下の必死の訴えの甲斐あって、ようやく適切な治療を受けられることとなったが、そのお心や病気の状態は、なかなか正しく理解されなかった。

長期にわたって病と闘う雅子さまと、雅子さまを守ろうとする陛下は、しだいに孤立し、さまざまな批判にさらされるようになっていく……。今回は、激しいバッシングの嵐の中で、手を取り合い歩み続けたお二人の話だ。

「適応障害」という病気への理解不足

2004年(平成16年)5月、当時皇太子であった陛下の「人格否定発言」。7月に、「適応障害」という雅子さまの病名公表

どちらも私たち国民を驚かせたが、当初は、ご夫妻に同情的な声が多かったと思う。なのになぜ、いつしかバッシングの嵐が吹き荒れるようになってしまったのだろうか。

その一番の原因は、やはり「適応障害」という病気に対する理解不足だったのではないだろうか。

前回の記事にも書いたが、「適応障害」は、ある特定の出来事や状況が大きなストレスとなり、心身にさまざまな不調が現れる病気だ。雅子さまの場合は、不安や抑うつ、不眠、めまいや頭痛、時には酷い倦怠感で起き上がれないこともあったという。

そして、この病気の特徴のひとつとして、その日によって体調や精神状態に波があるという。天候や気温にさえ左右されるそうだ。そのため、元気そうに見えるかと思えば、突然体調が悪化してしまうこともある。

しかし、そういった病気の特徴や状況を、当時は、雅子さまの周囲も、マスコミも、私たち国民の多くも、ちゃんと理解していなかった。
だから、「ワガママ病」「怠けているだけ」などという誤解が広がり、バッシングにつながってしまったのだ。