1月11日 若田光一乗船のスペースシャトル打ち上げ(1996年)

科学 今日はこんな日

地球のみなさん、こんにちは。毎度おなじみ、ブルーバックスのシンボルキャラクターです。今日も "サイエンス365days" のコーナーをお届けします。

"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

宇宙飛行士として活躍中の若田光一(わかた・こういち、1963- 。現JAXA理事)さんは、日本航空の整備訓練部に所属していた1992年に、NASDA(宇宙開発事業団、現JAXA)によりMS(搭乗運用技術者:Mission Specialist)候補に選出されました。

若田さんのミッションは、NASDAと文部省宇宙科学研究所 (ISAS。NASDAとともに現JAXA)、通商産業省新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、無人宇宙実験システム研究開発機構 (USEF) が共同で開発した「宇宙実験・観測フリーフライヤ(Space Flyer Unit, SFU)を回収すること。それまで外国人のMSを認めていなかったNASA(アメリカ航空宇宙局)が、人工衛星を回収していく計画のために、日本人も起用すると決めたことから、ミッションが実現しました。

【写真】若田光一さんとクルー
  若田光一さん(中央)。このミッションでロボットアームを操作する技術を高く評価され、数々のミッションに参加することとなった。写真は2009年時のもの photo by gettyimages

宇宙空間を浮遊する衛星の回収には、スペースシャトルに搭載されているロボットアームの繊細な操作が必要ですが、みごとにこの技術を習得し、この日スペースシャトル「エンデバー」に乗り込み、打ち上げとなったのです。

そして若田さんは22時間かけてロボットアームを操作して、人工衛星の回収に成功しました。宇宙での難しい作業ができるようになる、夢がふくらむ出来事だったことを覚えています。

【写真】SFUの回収
  宇宙科学研究所(ISAS)が公開しているSFUの回収の様子。打ち上げから2日後の1月13日に回収され、20日に帰還した photo by ISAS

なお、SFUは回収の後、再び運用できる再利用型システムでしたが、打ち上げを担うスペースシャトルの運用が終了してしまい、結果的に1回だけのミッションとなってしまいました。現在、同機の機体は国立科学博物館で展示されています。

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