意外!「初もうで」は日本古来の伝統、などでは全くなかった

昭和のブームに流され続ける日本人
島田 裕巳 プロフィール

東京の氏神と新来の氏子

ではなぜこの時代なのだろうか。ここからは東京に限って話を進めることにする。

東京の人口が急激に伸びはじめるのは1930年以降のことである。1930年には、23区の人口は約207万人で、それが35年には588万人、40年には678万人に増えていく。わずか10年で3.3倍にまで増加したのだ(浅井建爾『日本全国 地図の謎』東京書籍による)。

東京で人口が急増した時期に初詣や除夜の鐘の慣習が広まっている。そこには何らかの関係があるはずだ。

 

初詣は地元の神社に行くべきだ。そうした意見がある。

神社は地域に根差したもので、それぞれが地域の氏神であるとされる。神社周辺の地域に住む人間は氏子であり、初詣には氏神に挨拶に行くべきだというわけである。

もちろん、地元の神社へ初詣に出かける人たちはいる。近いし、明治神宮ほど混んではいない。

けれども、多くの人たちは明治神宮に初詣に出かける。たとえ電車代を支払い、混雑していても、明治神宮でなければ初詣に行った気がしない。そう感じている人たちは少なくないはずだ。

初詣の慣習が定着するようになる昭和初期の時代、明治神宮に初詣に来たのは、地方から東京に出てきたばかりの人間が多かった。初詣の句を詠んだ高浜虚子も、明治時代に愛媛から東京へ移ってきている。

東京に出てきたばかりの人間たちは、まだ新しい土地になじんではいない。知り合いも少ない。東京に居続けるには仕事に励まなければならないので、忙しく、周囲に住む人間と親密な関係を結べるようにはなっていない。

なんとか東京に定着したい。「東京人」になりたい。

そうした思いを抱いている人間は、東京に住んでいる他の人間たちと同じような行動をとり、一体感を持ちたいと考えている。その手っ取り早い手段が初詣だったのではないだろうか。

明治神宮に初詣に出かければ、そこには多くの仲間がいる。もちろん、そこで知り合いが増えるというわけではないが、自分と同じように慣れない都会で頑張っている人間たちが膨大な数存在することを、身をもって知れば、それは励みになる。

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