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電撃退任の日産・関副COOが語った「日本電産社長に移る理由」

「トロイカ体制」はいかにして崩れたか

就任からわずか1ヵ月「決断の背景」

日産自動車の関潤・副COOが退任することになった。近く開催予定の、社外取締役中心で構成される指名委員会で正式決定する。関氏は2020年4月以降にモーター大手の日本電産社長に就任する見通しだ。

日産では、社内規定に反した役員報酬の受け取りがあったため西川廣人社長兼CEOが9月に事実上の引責辞任、それを受けて指名委員会が、中国合弁会社である東風汽車総裁で専務の内田誠氏を後継に指名。12月1日付で内田氏が社長兼CEO、ルノー出身のアシュワニ・グプタ氏がCOO、関氏が副COOに就任したばかりだ。

内田CEO(左)とグプタCOO(Photo by gettyimages)

そして、執行の新体制は3トップが分業する「トロイカ体制」を取った。内田氏は全般を統括しつつ、筆頭株主である仏ルノーとの交渉が主要任務で、ナンバー2のグプタ氏が主に生産や販売といった日常のオペレーションを管轄、ナンバー3の関氏が経営再建と商品戦略、次世代モビリティを担当する体制だ。

しかし、関氏の退任により、「トロイカ体制」はわずか1ヵ月足らずで崩壊することになった。

 

関氏は24日夜、筆者の取材に対し、こう語った。

「日本電産の永守重信会長から、日本電産を将来的に売上高10兆円の大企業にするために一緒に働こうと誘われ、挑戦的な仕事に魅力を感じた。日産にはすごく愛着があるが、私はいま58歳。年齢的にも社長をやれる最後のチャンスだと思って受けることにした」

ある関係者によると、今年春ごろから日本電産の創業者である永守重信会長が関氏に何度か接触し、ヘッドハントに動いたが、関氏は断わってきたという。12月に入り、再び永守氏が関氏を説得し、流れが日本電産入りに傾いた。