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日本の〈文系大卒男性〉から失われはじめた「リベラルさ」

「新たな大卒人材像」をどこに求めるか

「リベラルな大卒層」という期待

今年4月、東京大学入学式での、上野千鶴子氏の祝辞が話題を呼んだ。

あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。*1

大学を卒業している人々=大卒層が、就職や賃金など、さまざまなライフチャンスにおいて有利であることは、これまで多くのデータによって示されてきた*2。しかし、最近も話題になったように、大学進学の機会は必ずしも万人に平等に開かれているわけではない。生まれた地域や家庭環境など、学歴獲得レースの「スタートライン」には違いがある。

 

だからこそ、大卒層が、自分自身の関わったアンフェアなレースとその結果からなる格差社会にまで、関心や視野を広げるとするならば、それは望ましいことだといえるだろう。

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こうした視野の広さやオープンなマインドは、ビジネスにおけるイノベーションの文脈でも大卒人材に要求されるものでもある。一般に、イノベーションの源泉となるのは、それまで誰も気づくことのなかった、物ごとについての見方や考え方、価値観である。そのため、自由な発想で物ごとを考えられる場としての大学には、多方面から期待のまなざしが向けられている*3

日本社会が大卒層に向ける期待を、もし一言で表現するならば、それは「リベラルさ」だといえるだろう。自身の恵まれた環境を振り返って他者を思いやることのできる公正観、そして、新たな社会を見通すことのできるイノベーティブな思考——そういった意味でのリベラルさが広く大卒人材に期待されている。