なぜ江戸幕府はオランダの高性能な消火ポンプを導入しなかったのか?

オランダ商館長日記と日本らしさ
フレデリック・クレインス プロフィール

なぜ幕府は消火ポンプを拒んだのか

火事の多い江戸期日本で、オランダ人がもたらした消火ポンプは鎮火に大いに役立つはずだった。しかも、消火ポンプの実演を見た日本人は皆揃って感銘を受けていた。

こんなに役立つものを幕府が拒んだのはなぜか。私は、商館長ファン・アウトホールンと同様にその理由を知りたかった。しかし、オランダ側史料ではそれ以上の説明は見出せなかった。まして、日本側史料では、この事柄についての言及すら見当たらなかった。

 

ファン・アウトホールンは奉行の怠慢を疑っていた。しかし、私にはそのような説明が腑に落ちなかった。ついに、私の疑問を同僚の磯田道史氏にぶつけてみた。彼はしばらく考え込んだ後、次のような答えを出してくれた。

「当時の日本には大名火消しの文化が存在していた。消火ポンプを導入すると、それまで築き上げたシステムを抜本的に変えることになる。幕府はおそらく確立したシステムを変えたくなかっただろう」と。

磯田氏は続けた。「火消しは武士の名誉の文化を形成していた。町人のほうでも、火消しは皆の憧れだった。大名の火消しにとって、火との戦いは一つの戦闘行為として捉えられ、将軍への神聖なサービスでもあった。当時の消火活動は破壊消防が主だった。そのような伝統文化はオランダの技術で変えられるわけにはいかず、消火ポンプの場所はなかったのではないか」と。

消火ポンプに関する当時の幕府当事者による記録が残っていないので、磯田氏の見解はあくまでも推測の域から出ない。それでも、私は妙に納得した。これまで読んできたオランダ商館長日記からは、そのような日本人独特の精神性が浮かんでくる。勇敢に炎に立ち向かう江戸の火消しの姿には、いにしえの武士の面影が重ね合わされる。

日本人はすぐに新しいものに飛びつく。しかし、便利なものでも、受け入れない場合がある。これは日本人特有の文化の特徴の一つであるとつくづく思った。日本人のそのような精神性、古武士的な面、私はけっこう好きである。

*クレインス桂子は本稿を校閲し、読みやすいものにしてくれた。ここに厚く感謝を申し上げる。

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