富野由悠季が語り尽くす、技術の残酷さと「GAFAに対する違和感」

独占ロングインタビュー【中編】
富野由悠季, 部谷 直亮

技術を信奉する人に欠けている視点

富野 実際問題として、技術は多少強引にでもビジネスに結び付けて、商品開発に生かさなくちゃいけない。でも例えば、人間を癒してくれるペットロボットがありますが、ああいったものは性能が高いからといって、より深く愛されるわけではないでしょう。

どういうことかというと、お人形さんという遊び道具を人類が発明してからこっち、別にディテールなんてぬいぐるみのレベルで十分なはずです。一緒に抱っこして安心して寝られればいいんだから。それを高性能なロボットにすることに、果たして意味があるのか。そうではないでしょうと感じますね。だからいまの技術者というのは、モノとか道具に対する洞察力を全然持ってないんじゃないの、と言いたいくらいです。

もう20年ぐらい前ですが、電気自動車を開発しているある大学の研究室に行ったことがあって、そこで電気自動車に乗せてもらったとき、僕は「先生、これダメだよ。車が近づいてきたときの気配が感じられない。だから、気配を作る必要があるんじゃないか」と言ったんです。

本来、ある質量のものが移動すれば、その気配というのがあるはず。でも、電気自動車にはそれがなかった。だから、これが乗り物として「正しい」かどうか僕はかなり疑問に思って、気配を作ってほしいと提案しました。

――確かに富野監督の指摘通り、実際に市販された電気自動車は、「静かすぎて危険だ」という批判を受けてエンジン音が付加されましたよね。富野監督が「人間の道具」として、技術をとらえているのが、よくわかります。