米製薬ベンチャー開発者が明かす 日本人が「海外で活躍できる理由」

リケジョだって活躍できる!
中鉢 知子 プロフィール

私は自分で試験デザインを一から考え、実施する仕事がしてみたかったのです。そんな時にアメリカのラホヤ研究所に出向する形でクリニカルリードをするという機会をいただき、再度渡米することにした次第です。鎌谷さんがサンドイッチに引っ越しされた後(2006年10月)でしたよ。

 

──入れ違いだったんですね。それは残念です。

そうですね。でも受け入れてくださったラホヤの方々にはとてもよくしていただいて、6ヵ月間の出向期間が終了した後は「転籍」の形でラホヤ研究所所属の社員として仕事を続けさせてもらうことができるようになりました。

それだけでなく、「就労ビザだと将来どうなるかわからないから」とアメリカの永住権(グリーンカード)取得のサポートまでしてくださったんですよ。

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──ラホヤではどんなプログラムに関わられたのですか?

本当は自分の専門である皮膚科領域での仕事ができたらよかったのですが、ラホヤでいただいた仕事は眼科領域の開発プログラムでした。

緑内障治療薬としてすでに発売済みの点眼薬について、ヨーロッパ当局の要請に応える形で小児の適応をとるための臨床試験を企画・実施することになったのです。

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──それは重要なお仕事ですね。大変だったのではないですか?

はい、私にとって初めての「グローバル・クリニカルリード」としての仕事だったので、次に何が起こるかわからないという中でがむしゃらに働きました。しかも眼科領域は社内リソースが少なくて、とくに申請の時なんか椅子に座って仕事のし通しだったせいで腰を痛めてしまいました。

小児の緑内障は先天的なものが多くて、アメリカなどの先進国では手術で治療するのが一般的なので臨床試験に参加していただける患者さんを集めることができませんでした。それでウクライナやフィリピンなど世界40ヵ国以上で実施する必要があったのであちこち飛び回ることになったんですよ。

──すごい……想像するだけでもプロジェクトを牽引する緊張感が伝わってきます。

はい、それだけに臨床試験が無事終了し当局から承認をいただいた時は本当に嬉しかったですね。

この前にも骨粗鬆症も含めていろいろな仕事に関わりましたし、このプロジェクトの後は念願かなって皮膚科領域のプログラムも担当させてもらったのですが、今振り返ってみて何が一番嬉しかったかと問われればやはり「緑内障治療薬の小児適応承認取得」と答えますね。キャリアの幅が広がるきっかけになったわけですし。

──やっぱり、最初の成功体験はとても印象に残りますし、思い入れも大きいことと思います。さて、アメリカでの仕事は日本とはやはり違いましたか?

アメリカやヨーロッパの主要国においてそうなのですが、臨床試験の立案・実施にあたってはその疾患の世界的権威の先生方が「共同研究者」として参画してくれるところが日本と大きく違います。

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