伊藤詩織さん勝訴、誰もが知っておくべき判決の「最重要ポイント」

裁判所の判断は、いかに下されたのか
崎山 敏也 プロフィール

判決は最終的に、

「被告の供述には重要な部分において不合理な変遷が見られ、客観的な事情と整合しない点も複数存する点で信用性に疑念が残るのに対し、意識を回復した後の原告の事実に関する原告の供述は、客観的な事情や本件行為後の原告の行動と整合するものであり、供述の重要部分に変遷が認められず、被告の供述と比較しても相対的に信用性が高い」

として、不法行為があったと判断しました。そして、このために伊藤さんはフラッシュバックやパニックが生じる状態が続いているとして、山口氏に損害賠償を命じました。

裁判所の判決が両者の供述の整合性や一貫性を重視しているのに対し、山口氏側の「客観的証拠がない」「伊藤さんはウソをついている」といった主張は、論点がかみ合っているようでかみ合っていません。

 

刑法そのものに潜む問題点

重要なのは、そもそもこの事件は伊藤さんによる刑事告訴を受け、警視庁が準強姦(当時の刑法に基づく)容疑で捜査し書類送検したものの、東京地検が山口氏を嫌疑不十分で不起訴にしたという経緯があることです。市民が改めて不起訴の判断をチェックする検察審査会も「不起訴相当」としたため、伊藤さんはいわば「最後の手段」として民事裁判を起こしたのです。

民事裁判では、争いの当事者(たいていの場合は私人)同士が提出した証拠や主張のどちらがより確からしいかを判断し、争いに決着をつけます。今回のように、当事者2人しかいない密室内で起きた事件では、物的証拠はほとんどなく、両者の供述が証拠として信用できるか否かが判断材料です。

これに対して刑事事件は、国家が個人に刑罰を与えるかどうかを決めるので、警察や検察には証拠などを強制的に集める権限が与えられる一方、高度かつ厳格な、よく判決文でも使われる「合理的な疑いを差し挟む余地がないほど」の立証が求められます。刑事と民事では、そもそも目指すところが違うのです(検察が起訴した事件の有罪率は極めて高い反面、冤罪を生むことがある問題は、ここでは措きます)。