フリー編集者の上松容子さんは、両親が30代のときに生まれたひとりっ子。東京で生まれ育ったが、両親は仲良く元気で、両親の兄妹も都内にいた。しかし父ががんで急逝すると、「ていねいな暮らし」をしてきた母・登志子が一気に認知症を発症したのだ。その後、認知症や介護、さらに「ゴミ屋敷問題」にも直面することとなる。

上松さんには、実母と一緒に暮らせない事情も抱えていた。そこで相談したのが、しっかり者として町内でも有名な、母の実家に暮らす母の実姉・恵子だった。母と暮らすことを喜んで引き受けてくれ、ほっとしたのも束の間、実はその実姉の家はすでにゴミ屋敷となっており、二人の暮らしが衛生上多くの問題を含んでいる現状を知る。

これは、名前のみを変更したドキュメントである。今回は、ゴミ屋敷暮らしが発覚する前、「母の認知症」をどのように認識し、どう向き合ったのかということをお伝えする。

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母・登志子、初めてCT検査を受ける

母を、電車で数駅先の病院に母を連れて行った。この病院は診療科のなかでも、脳梗塞の診断で知られており、さる有名人が脳梗塞で倒れたときもここに搬送された。実家からさほど遠くはないが、足元がおぼつかないので、駅まで行くのも難儀しそうだった。歩かせるのは諦め、タクシーを拾う。

母は、これから診察を受けるのが脳に関係する科と知って、動揺していた。嫌だとは言わなかったが、硬い表情で黙りこくっている。
実は私自身、診断を受けてどうするのだ、と自問自答していた。仮に脳の異常が見つかったとして、その事実が母・登志子の幸せにつながるのか。私の安心につながるのか。
 
母は生まれてはじめて、CT(コンピュータ断層撮影法)での検査を受けることになった。2004年当時、MRI(磁気共鳴画像)は今ほど普及しておらず、認知症の診断でもCTが多く使用されていた。CTはドーナツ状の機器に体を通すだけなので、不安神経症で狭いところが苦手な母も、なんとか検査をクリアした。

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CTのあと、認知症診断のための問診を受けた。私は付き添いとして部屋に入ったが、本人への問診なので、ひと言も発することはできない。

これは、「長谷川式簡易認知機能評価スケール」と呼ばれるもので、対象者に9つの質問をする問診法である。それぞれの質問には点数が設定されており、30点満点で20点以下は認知症の疑いありと判断される。
質問内容はごく簡単だが、登志子は何度も言葉に詰まり、医師が手にした質問用紙を触ろうとしてやんわりと制止された。

傍で見ていて、胸が詰まった。誰にでもいつもハキハキと明るく応答していた登志子が口ごもり、視線はデスクと宙と医師の顔の間をさまよっている。背中が、どんどん丸まっていった。少しずつ、彼女のプライドがズタズタにされていくのがわかる。まだらボケだから、自分の不甲斐なさは嫌というほどわかっているのだ。助けてやる方法はないのだろうか。