恵まれている人が手を差し伸べるのは当然

なんでドイツでは、堂々と「俺は幸せだ!」と言えるんだろう。日本となにがちがうんだろう。わたしなりに考えた、3つのちがいを挙げてみたい。

まずひとつめは、「恵まれている人はそうでない人に手を差し伸べるのが当然」という、ノーブレス・オブリージュ思考があるかどうかだ。

ヨーロッパではこの考えが強く、幸せで裕福で満たされている人は、精神的・経済的余裕でほかの人を助ける義務を負う。実際、寄付やボランティアなどがさかんだ。だから、「あいつは満たされていてうらやましい!」というより、「じゃあ社会貢献頼んだぜ」となる。

お金を独り占めする、自分だけ幸せならいい、そんな発想と真逆なのが「ノーブレス・オブリージュ」だ Photo by iStock

日本の生活保護受給者へのバッシングと、ヨーロッパで盛り上がった移民・難民保護運動のちがいを考えればわかりやすい。最近はどこも反移民に傾いてきてはいるが、難民が押し寄せた当時、「ようこそ!」という旗を持って出迎える人たちがヨーロッパ各地にいた。

もちろん、全員が全員、心から移民・難民を歓迎したわけではない。でも少なくとも表向きは、「弱者を助けてあげるべき」という空気だった。

「自分は豊かで他人に分け与えることができる」のはかっこいいこと。満たされた人が多ければ多いほど、困っている人も豊かになれる。そういう考えであれば、幸せな人を見てもあんまりイライラしないのかなぁ、なんて思う。