ずっと貧困と共に生きてきた 

田村さんにとっても、はじまりは山本氏の演説だった。

「どうして若い人たちに借金させてまで学校で学ばせるの? 教育受けたいって若い人たちに、教育受けさせるようにするのが国の役目じゃないですか。将来給料いくらもらえるか分かんないっていう状態で、どうしてそんな人たちに300万も400万も500万も借りさせるような状況にできるんですか? 奨学金が肩にのしかかって、社会に出る。初任給いくらよ。その薄い初任給の 中から、生活していくんでしょ? その上に奨学金の返済まであんの?  自分で独り立ちできる?  実家から出づらいんちゃう?  家賃まで払えんの?   少子化が加速するに決まってるやん!」
 
ゴールデンウィークに福岡・小倉で行われた演説で、山本氏は目に涙をため、語りかけていた。と言うよりも、叫んでいた。

後日インターネットでこの動画をみた田村さんは、信じられない思いだった。

「えっ?   私たちのために泣いてくれてるの?」 

ずっと貧困とともに生きてきた。
 
母ひとり、子3人の家庭の末っ子。母はスーパーのパートでレジ打ちをして必死に食べさせてくれたが、月末に電気や水道が止まるのは当たり前だった。食べものがなくなり、近所の農家から野菜をもらって食いつないだこともあった。

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同級生は塾やプール教室などの習い事に行けるが、自分は働きづめの母のかわりに姉と炊事や洗濯をしていた。「目に見えない壁があるな」とずっと考えてきた。
 
その壁は努力で乗り越えるべきだと思ってきた。高校に入ると生活費のためにアルバイトをするかたわら、空いた時間はずっと参考書を開いた。脇目もふらず勉強したおかげで、都内の私立大学の法学部に合格した。