高校サッカー選手権「J1チーム不在」の県がいま強豪の理由

変わりゆく高校サッカーの歴史と役割
小宮 良之 プロフィール

静岡は、他の高校でも逸材を次々に生み出している。中山雅史は藤枝東、高原直泰内田篤人は清水東、市川大祐は清水工、大島僚太は静岡学園。いずれもワールドカッププレーヤーである。

ちなみにカズこと三浦知良は、静岡学園に入学も、1年の終わりを待たずにブラジルへ単身乗り込んでいるので、スケールが違うといったところか。

三浦知良(Photo by gettyimages)

日本代表の主将として長く活躍した長谷部誠は、藤枝東でプレーしている。そのサッカーインテリジェンスは日本サッカー史上最高とも言えるが、当時はセンシュケンに出られなかったため、県内のJクラブからは声がかからず、大学進学を予定していたという。良くも悪くも、選手にとってセンシュケンが大きな価値を持っていた証左だ。

 

「臥薪嘗胆」のちの大物たち

日本代表として2度のワールドカップに出場している大久保嘉人は、国見で全国制覇を経験。超高校級と騒がれ、その勢いのままJで活躍を遂げ、21歳で海を越えてスペインのマジョルカに入団している。その後、Jリーグで3年連続の得点王を受賞し、リーグ史上最多得点記録を持つ。全国規模の知名度になるセンシュケンで、大舞台に立つ度胸もついたのか。

一方、日本代表で中心になった中村俊輔本田圭佑の二人は、所属していたクラブ(それぞれ、横浜F・マリノス、ガンバ大阪)でユースに昇格できなかった。そこで臥薪嘗胆、中村は桐光学園、本田は大阪から越境して石川県の星稜高校でセンシュケンに出場。中村は準優勝、本田は石川県勢初のベスト4で名を上げ、プロ入りした。

本田圭佑(Photo by gettyimages)

当然、時代は流れつつある。

Jリーグクラブの下部組織は、すでに待遇面などで高校サッカーを完全に凌駕している。選手を選りすぐっているためにレベルは高いし、施設などハード面は万全で、プロコーチの指導を受け、トップに昇格しやすい面もある。たとえプロに進めなくとも、大学からのスカウトもスムーズだ。

「各地域の1番手から3番手くらいの能力の選手は、クラブユースを選んでいる」

それが現状である。しかしセンシュケンを象徴とする高校サッカーは、今も力を失っていないのだ。

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