「私には家族の物語がない」フィンランド34歳女性首相、驚きの人生

レインボーファミリー育ち、小学生でデモ…
岩竹 美加子 プロフィール

家族の物語がなくとも…

マリンは、1985年、首都ヘルシンキで生まれた。

父はアルコール依存症で、幼いとき、両親は離婚。子どもの頃から、父とはコンタクトはなく、 父の親戚についても知らないという。

フィンランドでは、離婚後も両親が養育に関わるのが普通で、養育費支払いの義務もある。全くコンタクトがないというのは通常ではなく、父に何か大きな問題があったことを意味する。

 

マリンの母は労働者階級出身で、 児童養護施設で育った。15歳のとき、一人住まいを始めて働いた。様々な職につき、失業していたこともある。離婚後は、女性のパートナーと同居。母方の祖父母は亡くなっており、親戚も少ないという。

マリンは7歳のとき、母とそのパートナーと共に、フィンランド第3の都市タンペレに近い小さな地方自治体に移り住んだ。学校には、普通の中流家庭の子が多かった。父母がいて共に働いており、一戸建ての持ち家に住み、通勤のため車は2台ある。

しかし、マリンの家は地方自治体の賃貸住宅で、車はなかった。母が2人いる普通とは違う家庭で、経済的に苦しい。社会保険庁からさまざまな経済的援助を受けて、なんとか暮らしていた。そんな家のことについて、近所でも学校でも話すことができなかった。

マリンは、小さいときから、はっきりものを言うタイプで気が強かった。正義感が強く、小学校でも色々な意見を主張していた。何か言われても黙らず、言い返して喧嘩になることもあったが、いじめられたことはなかった。 

母は教育を受けていなかったが、家では本を読み、いろいろなことについて話し合った。貧しかったが、愛されて育ち、普通の日常生活があった。母は、本当にしたいことは必ずできる、と励ましてくれた。 そうした環境で、自分に自信を持って育った。

「私には家族の物語がない。祖父母、父母、自分と続く世代の繋がりがなくて、断ち切られたようにこの世に生まれてきた」とマリンは言う。

でも、ルーツがないことを悲しまない。自分の出自に囚われすぎないほうが良い、と語る。

「自分がいかに不公正な扱いを受けたか、不当な目にあってきたか、欠けていたものが多かったか、という視点から世界を見ることもできる。でも、そういう風には考えない。過去どうだったかより、未来の方が大事だから」

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