中学受験の「成果」を誇大にアピールする心理

たとえばわが子が自分の学校ブランドを鼻にかけるようなことがあれば、「だからなんだ。そんなものは世界に出たら何の役にも立たない」と言ってやるのが本来の親の役割だろう。それでこそ子どもは、看板に頼らない素の自分を見つめ、自分の生き方を模索する。

それなのに昨今は、わが子といっしょになって学校ブランドを誇示する親が多いと聞く。子どもの学校ブランドが親にとっても勲章なのだ。先の校長は、「最近は過剰なまでに学校のことを大好きになってくれる親子が増えている。ありがたい半面、不安になることがある」ともらす。過酷だった中学受験の成果として得られたものを自ら誇大評価することで、自分たちの自尊心を満たそうとしているのではないかというのだ。ルサンチマンの反対である。

もちろん、努力の結果よい学校に合格するのは素晴らしいことだ。ただ、それだけがアイデンティティになってしまうことはないだろうか Photo by iStock

彼らは、自分たちが掲げる看板の価値の高さを誇示することに余念がない。だから冒頭の親子の歌のように、まったく無自覚にほかの看板を見下す。プライドは山のように高いが、実は自己肯定感が著しく低い人間のできあがりである。苦境にあるひとたちに向かって安易な自己責任論を投げつけたり、他人にすぐマウンティングしたりする“エリート”はおそらくそうやって育つ。

テレビに出るような有名人のなかにはもちろん、あなたのまわりにも、思い当たるひとが何人かいるのではないだろうか。みんなから「すごい!」と言われていても、まわりからは成功者だと思われていても、おそらく本人たちは言葉にできない生きづらさをつねに抱えている。そのような人生が本当に幸せだろうか。