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組織のリーダーは「二重人格者」であるべき理由

この国の将来に対する「不安」の正体
発売直後から大反響を呼ぶ、伊藤忠商事元社長・丹羽宇一郎氏による最新刊『社長って何だ!』(講談社現代新書)。実はこの本、企業のトップだけでなく、政界やスポーツ界まで業界を問わず、あらゆる組織のリーダーに向けた「現代の指導者論」であるという。その読みどころを政策アナリストの松本収氏が解説する。
 

困難に立ち向かう勇気

実は、『社長って何だ!』(講談社現代新書)著者の丹羽宇一郎さんとは、何度か面談したことがある。

とは言っても、私が最初にお会いしたのは、すでに企業人としてのお仕事を終えて、北京駐在の中国大使をされておられた時であった。その後も、その大役を無事に勤め上げてから都内に設けられた事務所を何度かお邪魔することが続いた。

 

だから、私の丹羽さんに対するイメージは企業組織のトップリーダーとしてのそれではなく、あの日中関係が危機的な困難に直面した最中の、とんでもない重責を背負った丹羽さんであり、あるいは、市井の、経験豊富な一知識人としての丹羽さんだった。

その時の丹羽さんは、私のような特徴のない客人であっても、適当に手を緩めることなく、いつも丁寧に、真顔で話につき合ってくれた人だった。しかも、その豊かな知識で人を圧倒するような素振りなどは微塵も見せず、つねに自身のお考えを「知識」としてではなく、「意志」として語る人だとの強い印象を受けたものだった。

ちなみに私は、

「〈知識〉は必要なものであるけれど、それはあくまで先人が作り出した情報の借り物でしかなく、そこには〈責任〉はついて回らない。しかし、〈意志〉は自己の内部から発せられるものであって、これには常に〈責任〉が伴うものだ」

と思っていたので、これだけのキャリアの持ち主が、「知識」の披歴に頼ることなく、自己の「意志」をいわば赤裸々に表明していることに、あえて言えばひとつの、強いインプレッションを受けたのである。

これは、日本を代表する大企業のトップを務めた丹羽さんに対して、いささか礼を失する言葉ではあるが、私は、この人物に、何か“野武士のような”気迫と逞しさを感じていた。

その丹羽さんが新著を出したというので、早速それを手に入れ、目を通してみた。どうも新書本という体裁と出版社の思惑もあってか、まるでビジネス啓発書のような標題になっているが、この本はそのタイトル『社長って何だ!』には収まり切れない内容が詰まっている! そう思いながら読み進めていた。

要するに、この本は単なる私企業のトップの成功話などではなく、いわば21世紀の日本をリードする指導者もしくは次代の指導者に宛てたテキストである。企業のトップはもとより、官界、政界、果てはスポーツ界などにまで及ぶ指導者たちに対する辛辣で、かつ丁寧な忠告の書なのだ。

その丹羽さんが、伊藤忠商事の社長に就任したのは1998年4月のことである。まさに、バブルが崩壊し、アジア通貨危機とも重なった1997年から98年にかけて、拓銀(北海道拓殖銀行)、長銀(日本長期信用銀行)、日債銀(日本債権信用銀行)、そして山一證券や三洋証券などが次々と巨額の不良債権を出して倒産し、日本中が未曽有の金融危機に陥っていった時だった。

当時は、私自身も国政のある調査団に加わって、北海道・札幌の拓銀騒動の聴き取りに同行したことがあったが、日本経済が一気に底割れするのではないかと思われるほどの騒ぎであった。

ゼネコンや大手商社にもまた桁違いの不良債権が発覚した。当然のごとく伊藤忠商事も例外ではなかった。そんな時に社長に就いた丹羽さんは、いわば〈貧乏くじ〉を引いたようなものだった。

だが、これが「真のリーダーとは何か」を問う試金石ともなったところに、歴史の面白みがある。

一般に、役所や企業などの大きな経営組織では、いったん体制が整えられたあとは、歴代のトップはさしたる才能や行動力がなくても(?)組織は回る。社交の技量に長け、何某かのビジョンのようなものを提示できれば、それで十分に立派なリーダーにみえるものである。

だが、それまでの通常のやり方ではその困難を乗り切ることが難しい「例外的状況」に直面した時はまた別である。

先の見えない“別れ道”に直面したリーダーに求められるのは、何かスマートなビジョンや組織を事無く運営する能力ではなく、何よりも先を見据えた決断力と行動力が試されることになる。

そうした場面で最も必要な資質は、単なる経営のノウハウとはまったく異なるものだ。求められるものは何よりも困難に対して“逃げる”ことなく、立ち向かってゆく“勇気”もしくは、それを乗り越えるに足る“胆力”の方であろう。

丹羽さんが実際に直面した“別れ道”とは、次のようなものである。