家族が「贅沢品」になる時代……誰が“個人”を守るのか?

『家族を想うとき』が描く非情な現実
河野 真太郎 プロフィール

「創られた伝統」としての家族 

ヤングとウィルモットの仕事は、社会学における「コミュニティ研究」の礎として読まれてきた。しかしそれゆえに当然のことながら、批判にもさらされてきた。その最新のものは歴史家ジョン・ローレンスによる『私、私、私?──戦後イングランドにおける個人主義とコミュニティの探究』であろうか。 

ローレンスの批判の骨子は、ヤングらの描く家族的な地域コミュニティ──家族、拡張された家族、親族ネットワークと同心円状に広がるコミュニティ──が理想的にすぎる、ということもあるが、たとえそのようなコミュニティが存在したとしても、それは「伝統的」というには歴史が意外と浅いし、しかもヤングらが調査をした時点ですでに崩壊しつつあったということである。 

 

ローレンスは、労働者階級であった自らの祖父母の代からの経験にも依拠しつつ、ヤングらが記述した労働者階級コミュニティと家族が形成されたのがせいぜいそれに先行する二、三世代であったと(つまり、20世紀に入ってからのことだったと)論じる。1914年から1950年までの家族は、それまでの時代と比べて例外的に流動性が低かったのだという。

それ以前の、工業社会が隆盛を極めていく過程においては、労働者階級の地理的な流動性は非常に高かった。親族や近所を基盤とする安定的なコミュニティは、形成し得なかったのである。

そのようなわけで、 20世紀中葉の比較的に安定した、お互いの顔の見えるコミュニティは、戦後の社会学者たちにとって「伝統的」なものとして称賛されたわけだが、それは多くの点において新しく、つかの間の現象であり、それ以前、またそれ以後にまったく例を見ないようなものだったのだ。

それだけではない。1940年代という段階ですでに社会学者の一部はコミュニティという概念に疑念を抱いており、1960年終わりにはコミュニティ研究そのものが流行遅れになっていたと、ローレンスは言う。 

どういうことだろうか。結局、ヤングらの言う拡張された家族のコミュニティは存在したのか、しなかったのか。 

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ここで、この連載で強調してきたことが重要になる。階級は変化する、ということだ。階級だけではない、歴史上のあらゆるものは常に変化の途上にある。あらゆるものは、生まれると同時に消滅し始めているし、消滅しながら別の何かへと生まれ変わっている。 
  
私たちがここで直面している家族のコミュニティの瞬間も、そのようなものとして考えられるべきだ。それは確かに存在しつつも、消え去ろうとしている。 

もう少しはっきり、ここで起こっていたと私が考えることを述べておこう。1960年を前後して、「拡張された家族」は発見されながら消え去り始めていた。というよりむしろ、コミュニティ研究のようなものが隆盛したのは、それが消え去りつつあるという問題意識の表れであった。

そして、そのような家族を不要なものにして消し去ってしまったのは、ほかならぬ福祉国家体制であったのではないか。これが私のテーゼである。 

このテーゼを検討するために参照してみたい作品がある。アラン・シリトーの小説、そしてそれを原作とするカレル・ライス監督の映画『土曜の夜と日曜の朝』(小説1958年、映画1961年)だ。

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