東京オリンピックでのマラソン日本代表を決める選考レース、MGC(マラソングランドチャンピオンシップ)が開催されたのは、今年の9月15日。東京オリンピックのマラソン競技が予定されるコースで開催されたいわば「プレ・オリンピック大会」は、沿道の観客数が50万人以上になるほどの盛り上がりを見せた。
ところがその約1ヵ月後、IOC(国際オリンピック協会)トーマス・バッハ会長により、暑さ対策としてマラソン・競歩の開催地を札幌に変更するとの提案が発表され、さらに12月4日のIOC理事会により、その提案は承認されてしまった。
札幌への開催地変更の理由として、バッハ会長が強調したのは「アスリートファースト」。あらためて「アスリートファースト」って何? と、陸上競技解説でおなじみの金哲彦さんに聞いてみた。
インタビュー・文/下井香織
MGCを東京でやった意味が…
最初から北海道で開催される予定だったら、MGCはもちろん東京でやらなかったですよね。東京オリンピックコースで選考会をすることに、意味があったわけですから。選手にとっても運営側にとっても、あれはオリンピックに向けてのシミュレーションだったわけで、それをイチからやり直すことになり、多くの人が落胆しています。
今回のIOCの決定は、選手たちにとって走りやすい、というよりも、熱中症のリスクを少しでも減らすように、という理由しかない。ファーストってことは、プライオリティ。そのはずなのですが、アスリートをないがしろにしているわけではないにせよ、アスリートに本当にプライオリティが置かれた判断か、というと必ずしもそうではないですね。
ドーハと東京は違う
ドーハ世界陸上(2019年9月~10月)のマラソン競技で棄権者が続出し、浴びた非難がよほど大きかったということでしょう。でも、僕も解説の仕事でドーハにいましたが、あのドーハと東京を一緒にしてもらっては困る、と思います。
裏目に出たのは、昼間は気温42~43度ある砂漠の国のため、歩くのも無理ということで、マラソンを深夜スタートにしたこと。そこで逆に湿度が上がってしまった。マラソンは気温もそうですが、湿度がかなりのポイントになります。ドーハは海沿いのコースのため、夜は湿度がすごく上がったんです。それで、ああいう結果になってしまった。真夏でも、東京の朝のほうがもっと湿度は低くて涼しいはずです。ドーハでも朝のスタートだったら、湿度は下がるので問題なかったと思うんですけどね。
かつて東京で行われた世界陸上(1991年8月~9月開催)のマラソンも、酷暑ではありましたが朝6時スタートで問題なかったわけだし、朝6時スタートでも暑い、というのだったら、5時半とか5時スタートにすればいい。そういうふうに考えるのが「アスリートファースト」を満たすことだと思うのですが。
行われる場所が他の競技にくらべて広範囲にわたり、長時間にわたるため、運営の負担が大きいのがマラソン競技の特徴です。大会があり、運営があり、競技規則があり、最後に選手がそこにエントリーして走るわけですが、大会が成功するためには、運営に負担がないことをどうしても考えなければいけなくなる。