2019.12.21
# 医療

「高齢で弱ってきたから入院」で後悔する家族が続出するワケ

「寄り添う医療」が病院を超える日
尾崎 容子 プロフィール

「病院は安心」は、もはや通用しない

では、弱りに対する不安を抱え、介護するご家族等が限界を感じている場合にはどうすればいいのでしょうか。答えはいくつもありますが、ざっくり言うと、「介護保険サービスを使う」ことをおすすめします。

ホームヘルパーの回数を増やす、デイサービスの回数を増やす、ショートステイを定期的に利用する、老健に数ヵ月入所する……などの選択がまず考えられます。さらに、ご家族との同居自体が困難になってきている場合は、有料老人ホーム、グループホーム、サービス付き高齢者向け住宅、特別養護老人ホーム、介護医療院などに入所する、などといった選択もいいでしょう。

私がこう言うと、多くの患者さんのご家族から「お医者さんがいるところでなくて大丈夫?」と聞かれます。けれど、医療の必要性が高くなければ、医師のいる施設でなくても大丈夫なのです。

 

病院では「寝ていてください」と言われ、弱りがどんどんひどくなり「病人」になってしまいますが、施設では逆の動きをとります。

「寝てばかりではだめですよ。さあ、起きて起きて」と手を引いて、入所者が集まっている食堂に連れて行ってもらえます。トイレも時間ごとに声がけしてトイレ誘導です。そうされるうちに、手引きでトイレ歩行ができるようになります。

ですから、「弱ってきたから入院希望」という患者さんやご家族には、最終的には介護サービスの増回や一時的な施設入所を経て、永住できる施設入所をおすすめすることになります。

これまでの「病院に行っていれば安心」という考えは、もはや通用しません。病院はあくまで「病気を治すための箱」であり、在宅医療は生活を支えるケア中心のもの。それぞれ役割が違うのです。

尾崎医師の訪問診療は患者やその家族との会話が絶えない。photo by Makoto Ito

「穏やかに旅立ってよかった」と語る場所

もう1つ、病院での死と在宅での死の違いには、「亡くなったあとの呼び名」があると思います。病院では亡くなったあと「ご遺体」と呼び名が変わります。でも、自宅でお亡くなりになった方を「ご遺体」と呼ぶ人はいません。呼吸が止まっても、お父さんは「お父さん」、おばあちゃんは「おばあちゃん」のまま。亡くなっても故人の個性が残ります。

患者さんを自然な経過のなかで見守り、肉体の苦痛を脱ぎ捨てて旅立たれるのを静かに見送ります。ご家族や介護職の方からの連絡を受けて患者さんのもとにうかがうと、「穏やかに旅立ってよかった」と、みなさんが言ってくださいます。

死亡診断をして、旅立たれた患者さんの手を握り、肩に手を置き、「○○さん、よく頑張られましたね」とお声がけをします。この穏やかな時間は、涙をこらえながらも、温かな気持ちに満たされることが多いのです。

決して「ご遺体」に手を合わせているのではありません。私が訪ねていた「○○さん」が生きていた時と同じ気持ちで、「お疲れさま」とお声がけをしているのです。

まだ温もりのある、生のなごりの時間のように感じています。

死に向かう人々を見送る仕事を続けながら、私は生を追求する「病を治すための箱」のなかにいた時よりも、喜びに満ちあふれて日々を過ごしています。

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