12月30日 英の地震学者J・ミルン(1850年)誕生

科学 今日はこんな日

地球のみなさん、こんにちは。毎度おなじみ、ブルーバックスのシンボルキャラクターです。今日も "サイエンス365days" のコーナーをお届けします。

"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

1850年のこの日、イギリスの鉱山技師にして地質学・地震学者で、考古学にも業績を残したジョン・ミルン(John Milne、1850-1913)が、イングランド北西部の港町リバプールで生まれました。

【写真】ジョン・ミルン
  ジョン・ミルン photo by gettyimages

ミルンは、ロンドン大学キングス・カレッジ応用科学部、ロンドンの王立鉱山学校で学んだ後、ドイツのフライベルク鉱山学校に遊学し、ヨーロッパ各地のほか、エジプトなどでの地質調査に参加。そして、1876年に来日しました。

 

工部大学校(東大工学部の前身。東大併合後も教師として在籍)などで地質、鉱物、鉱山学を教えるためです。

ミルンは日本地震学の草分けでもあります。地震計を考案して日本全国68ヵ所に設置、地震観測網を設置しました。耐震住宅についても考察していました。

【写真】ミルンの考案した地震計
 

1880年2月22日の横浜地震(M5.5と言われている)をきっかけに、日本地震学会の創立につとめ、創立後は地震学の各分野に多くの論文を発表しました。学会は12年あまりで解散してしまいますが、1929年に終戦前後の連続大地震(昭和東南海地震など)を予測した、今村彰常によって再建されています。

関連の日:12月 7日 昭和東南海地震がおこる(1944年)

また、大森貝塚を発掘したE・M・モース(Edward Sylvester Morse、1838-1925)、津軽海峡における動物分布の境界線を発見したT・W・ブラッキストン(Thomas Wright Blakiston、1832-1891)とともに、函館の貝塚を調査しました。渡道に際して、根室で貝塚を発見したり、函館、小樽で採集した石器時代遺物の考察を発表したりするなど、考古学にも造詣が深かったようです。

1895年に帰国し、ワイト島の自宅に私費で地震観測所をつくって、研究を続けたそうです。 夫人は、函館でブラッキストンに紹介されたトネさん(旧姓・堀川)。帰英の際には一緒にイギリスに渡り、リゾート地で有名なワイト島でジョンと暮らしました。トネさんは第一次世界大戦開戦を機に帰国し、郷里の函館で余生を送ったそうです。

【写真】ミルン夫妻