味の決め手は「鼻」!?「味覚と嗅覚」の相互作用、ここまでわかった

認知症早期発見に光「味の科学」
産業技術総合研究所 プロフィール

「味覚刺激を与えるために、たとえば塩水を舌にボトっと落とすとしましょう。水滴がボトっと落ちると、触覚も刺激されてしまいます。触覚を刺激せずに味覚刺激だけ受け取ってもらう方法を開発する必要がありました」

 

小早川さんが考えたのは、側面に小さな穴が開いているチューブを口にくわえ、舌の先で小さな穴をふさいでもらう装置だ。

チューブ内を通常は水が流れ、時折、塩水などの味がついたものが流れてくるので、そのときだけ味覚を感じてもらう。水と味がついた水が混ざらないよう、間に空気の層を挟むことも考案した。

しかし、これでも純粋な味覚刺激のためには十分ではなかった。塩水などの温度が冷たくても温かくても、やはり味覚以外の刺激となってしまうためだ。それを避けるには味覚刺激を体温と同じ温度にする必要がある。小早川さんは体温程度にまで温められるよう、装置に加熱システムも加えることにした。

嗅覚については、においの入ったボトルとつながっているテフロンチューブを片方の鼻腔に約1cm入れて、においのタイミングを測る「高速気体濃度センサー」をさまざまな試行錯誤の末に完成させた。

小早川さん(左)と高速気体濃度センサー ©国立研究開発法人産業技術総合研究所
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「視覚や聴覚の研究の歴史は長く、方法論もできていますが、味覚は研究しにくいこともあり、その方法論はまだまだ未開拓です。ということは、実験装置もないということです。どう測定し、どう評価するか、それにはどのような装置が必要なのか。それらすべて自分で考える必要がありました」

「味を科学」し企業と共同研究

今のところ、味覚と嗅覚のかかわりを測定できる装置をもっているのは産総研だけだ。これは大きな強みであり、この技術を活かして、これまで多くの食品メーカーの依頼に応えるかたちで研究をおこなってきた。

たとえば、香りが持続し、後味はスッキリという缶コーヒーの新たな焙煎方法を開発した企業とは、消費者がそのコーヒーを飲んだ時に受ける味覚と嗅覚の印象の評価をおこなった。

このとき小早川さんが注目したのは、「缶コーヒーをよく飲む人とあまり飲まない人とでは、味の受け止め方が違う気がする」という企業の人の実感だった。

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実感をデータとして定量的に示すため、被験者を週に1本以上缶コーヒーを飲む人とあまり飲まない人(それ以下)に分け、飲む頻度による缶コーヒーの香りや感じ方の違いを調べるという実験をおこなった。

その結果、缶コーヒーを多く飲む人の方が、よりはっきりと香りを感じ、味と香りも分けて認知していた、という結果が得られた。人は「知っている」食品をより敏感に感知しやすく、経験が味の感じ方に影響をおよぼすことがわかる結果となったのである。

においで認知症を早期発見!

味に関する測定技術は食品分野だけではなく、医療面への応用も期待されている。すでに実用化された嗅覚障害を判定するための嗅覚検査キットは薬事申請の通過を目指しており、また現行の嗅覚検査方法を前進させた新しい装置開発を医療機器メーカーと取り組んでいる。

さらに、病気を早期発見する健康診断の一診療項目になるくらい嗅覚の検査を一般的にしたい、と小早川さんは将来に期待を込める。

「認知症は発症すると治りませんが、早期に適切な対応をすれば進行は抑えられます。認知症の患者さんはにおいがわかりにくくなることが知られているので、嗅覚検査を入り口に、認知症の早期発見ができるかもしれないと考えています。特殊なものと考えられている嗅覚検査を、健康診断でもおこなわれるような一般的なものにして、人々の健康に役立てていきたいです」

現在、カード型嗅覚検査キットの保険点数化に取り組んでくれる企業を急募中だ。

「企業が感じている課題の中から、科学的な成果が導き出せることは意義深いことだと思います。また、一企業が困っていることは他社にも関係することが多く、課題が具体的なほど、社会や学問への貢献につながります。これからも、多くの企業のみなさんの困りごとを解決しながら、新しい価値を見つけていきたいと思います」

小早川さんの独自の挑戦は、続く。

(問い合わせ先:産総研 情報・人間工学領域 人間情報研究部門)