今、J-POPとは何か?「リズム」から見えてくる2010年代の変化

キーワードは「なまり」、その影響とは
柴 那典 プロフィール

J-POPのこれから

——わかりました。最後にお二人に訊きたいのですが、今後、J-POPというものはどう変化していくと思っていますか?

imdkm:これは『リズムから考えるJ-POP史』っていう本でも触れてはいるんですけども、前提として、J-POPという枠組みは相対化されて無くならざるを得ないのではないかと思っています。というか、そうであってほしいと思ってるんですよね。

「J-POP」という言葉は、そのネーミングの出自から考えると、日本国内に向けた言葉なんです。そもそもが「洋楽っぽい日本語の音楽」というラベリングのために発明されたドメスティックなマーケティング用語だった。

対して「K-POP」というネーミングは、金成玟さんが『K-POP 新感覚のメディア』で書いているように、日本や中国など他国との比較の中で名付けられたネーミングだったんです。世界にいろんなアルファベットがある中で「韓国はKだ」と名付けられたし、韓国の音楽産業も自らそう名乗ってきた。

 

なので、J-POPはずっと国内向けを意識した「J」だったけれど、そういう形の「J」の役割はそろそろ終わってほしいし、その兆しは感じます。

例えば星野源が世界展開を見据えて活動の幅を広げたり、あるいは嵐がリリースした「Turning Up」という新曲でも「Turning up with the J-pop」というパンチラインがある。

そこで言われている「J-POP」っていうのは、果たしてドメスティックな音楽市場の中に流通するコンテンツとしての「J」なのか、それともグローバルで多国籍かつ多文化的な状況における 「J」なのか。その分かれ目が今だと思います。そして、個人的にはそこでリズムの魅力が重要になってくるのではないかと考えています。

冨田:日本はいまだにCDが売れてる国だとよく言われますけれど、僕はそれがこの先何年も続くとは全然思っていなくて。そう考えると、今後はより広いリスナーの間でサブスクでの聴取がメインとなり、いまは実感が伴っていない音楽家やスタッフにも、マーケットの変化が実感できると思うんです。日本国内だけが相手のビジネスでは成立しないと感じるのではないでしょうか。

対象リスナーが日本人だけではないという意識は、いろんな形で音楽内容に変化を及ぼすと思います。そうなったら、いままでのドメスティックな作り方をする必要がないというか、必然的にそうじゃない意識を持って作ることになる。これは遠い未来の話ではないので、作り手はいますぐにでもそうした姿勢でやっていった方がいいんじゃないかと思います。

imdkm:そうですね。ただ、そこに個人的な見解を加えるならば、ドメスティックな作りであること自体がネガティブな要素なのかどうかは、保留にしたいと思っているんです。

もちろん作り手が意識をアップデートしていくことも大事である一方、批評家の立場としては、国内向けであるがゆえになあなあで済まされてきたJ-POPの良さみたいなものを、きちんと言語化していくことも必要であると思うんですね。

ドメスティックで国内向けだからダメというのではなく、きちんと「この音楽にはこういう良さがある」とか「この音楽の楽しみ方はこういう風になっている」ということを意識して言語化していく。それがドメスティックなものをグローバル化する端緒にもなるんじゃないかと信じています。

(了)

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