今、J-POPとは何か?「リズム」から見えてくる2010年代の変化

キーワードは「なまり」、その影響とは
柴 那典 プロフィール

――そもそもリズムの「なまり」というのは、ヒップホップのサンプリングから生まれた感覚だった。

imdkm:そうですね。その感覚がヒップホップやダンスミュージックの中で洗練されていって、ポップ・ミュージックにも反映されてきた。さらに2010年代に入ってくると、演奏技術の向上や感覚の鋭敏化によって、ある程度アレンジのボキャブラリーにまで組み込まれるようになってきた。

もはや「なまり」っていうのは、サンプラーでループを作ることによって偶発的に生まれるグルーヴの快楽だけではなく、現在の音楽の表情を作るための非常に重要な要素になったっていうことなんですよね。

冨田:もともとは機械だから可能だったものを、人間が真似して演奏できるようになったわけです。さらに最初は一部の好事家だけがやっていたイメージでしたが、今は音楽的なボキャブラリーとして定着している。だから演奏のバリエーションの一つとして「ここはなまって」と指定できるようにもなってきたということです。

——リズムの「なまり」が2010年代後半にいろんな音楽の分野で起こっているイノベーションの原動力になっている。

imdkm:そうですね。ただ、基本的には「なまり」がフォーカスされているのはネオソウルや現代ジャズの領域だと思うんですけど、一方でアメリカのチャートを席巻しているトラップの分野では別のリズム感覚を現代的に提示しているんです。

つまり、リズムの「なまり」に対する感覚はもはやポップ・ミュージックでは当たり前のものになったけども、そういったユニークなリズムの進化と同時に、トラップ的なリズム感覚、スクエアな打ち込みのリズム感覚も世界を席巻している。

冨田:そうですね。この間、若いジャズミュージシャンと話してたら「最近はスクエアの方がイケてますよね」って言うんです。「なまり」はさんざんやったんで、と。僕自身もそうで、最近はスクエアな方に可能性を感じています。

2016年くらいまでは「なまり」が面白いと思ってたんだけど、今はブームが過ぎたというよりは一つの音楽言語として定着したという感じですね。曲が呼べばそうするという選択肢の一つになっている。

 

ポップ・ミュージックにもリズム変革の波

――今imdkmさんが仰った「トラップ的な、スクエアな打ち込みのリズム感覚」というのは、どういうものなんでしょうか。

imdkm:スクエアな打ち込みだからって、トラップにリズム的な面白さがないかって言われたら、それは全然逆なんです。打ち込みの精度がめちゃくちゃ上がっていて、32分音符や64分音符ぐらいまで打ち込めるようになってきている。

たとえば、トラップに特徴的なハイハットのロールも、64分を越えて128分音符まで達してもおかしくない。そういう様々な打ち込みのリズムの可能性が埋め込まれている音楽としてトラップがあって、それに合わせてラップもめちゃくちゃ変化してきている。

たとえば3連を使うとトラップっぽいというレベルの話ではなく、アリアナ・グランデの「imagine」という曲では、2拍3連と付点8分のリズム感覚の差異を曲の中の演出として使っていたりする。

——どういうことですか?

imdkm:「imagine」は基本的には6/8拍子で、いわば3連の譜割りを軸にした曲なんですけれど、3連って、同じBPMでもちょっと緩慢な印象を与えるリズムの割り方なんです。けれど、この曲では歌の一部だけ16ビートの付点八分の割り方に近くなっている。そうすると、そこだけスピード感が出るんです。そして、そこの歌詞は「Click, click, click and post」「Quick, quick, quick, let’s go」とスマホを素早く操作したり、相手を急かすときの描写に重なっている。意図的にやっているんじゃないかと思います。

冨田:昔の歌謡曲やJ-POPやニューミュージックの時代においては、、3連と付点16分の違いについては、わりと曖昧に歌われていたんですよ。たとえば小田和正さんの「ラブ・ストーリーは突然に」のサビのメロディは音符としては3連だけど、付点8分っぽく歌っても大丈夫と思われるくらいだった。でも今は違って、その差異を楽しむぐらいのことになっている。

——つまり、ドラマーだけではなく、ラッパーやボーカリストもリズム感覚がどんどん鋭敏になっている。そのことによって音楽の味わい方が変わっているということですね。

冨田:パフォーマンスの精度が上がっているということですよね。同時にリスナーのリズムに対するリテラシーも。ラップの方がより顕著にそうなっていると思います。音の高低差はあってもメロディではないぶん、リリックとリズムが表現の中心になる。そして歌のメロディもラップから影響を受けて変わってくる。

アリアナ・グランデの例はまさにそうです。楽器の演奏だけでなく、ポップ・ミュージックのメインアクトである歌唱に関してもリズム面での変革が感じられたのは興奮しましたね。そうした流れがスリリングだし、とても興味深い。

——こうしたリズム感覚の変化が日本のポップ・ミュージックの音楽的な進化にも結実している、ということでしょうか。

冨田:まだ日本の音楽シーン全体に結実とまでは感じないですね。アメリカだとチャートの上位がラップ、ヒップホップといった、いま話したような音楽に独占された時期がありますが、日本ではそこまでシンボリックな変化はない。

もちろん、音楽的な冒険や進化を感じられる良作はあるんですが、一方で、いわゆるゼロ年代までにJ-POPと言われていたものと依然として変わらないものも混在しています。

進化の種類が欧米と同じである必要はないですが、ポップ・ミュージックであると同時に、進化、冒険を感じさせる作品が増えたら、音楽シーンはもっと活性化されると思うんです。

聴かれ方の変遷などを考察するのはもちろん重要ですが、音楽家としては、まず内容でシーンの活性化に貢献したいですね。少なくとも僕自身はそう思いながらやっています。

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