今、J-POPとは何か?「リズム」から見えてくる2010年代の変化

キーワードは「なまり」、その影響とは
柴 那典 プロフィール

——今imdkmさんが仰った「今のポップ・ミュージックの面白さのツボ」というのは、なかなか言語化されていない部分ですよね。ただ一方で、作り手側や意欲的なリスナーの中には新しいタイプの音楽が登場していることに気付いている人も多いと思うんです。単なるトレンドの移り変わりではなく、リズムやアレンジなどの音楽的な意匠における革新があって、そこが新しい面白さのツボにつながっている。このあたりについて、冨田さんはどう考えてらっしゃいますか?

冨田:僕は批評家ではなくミュージシャンであり作り手なので、自分の例しか挙げられないんですけれど。先ほど言ったように、僕は2000年代までリイシュー文化の真っ只中にいたんです。けれど、2010年代になってからリアルタイムの音楽がすごく面白いと思うようになった。現行のシーンに興味を持つようになったんです。

その興味の持ち方も変則的だと思うんですけど、僕はドラマーが好きなので、クリス・デイヴやマーク・ジュリアナが出てきた時に、ものすごく大きく変わったと思ったんですね。ドラミングが新しいフェイズに入ったと。そこから彼らの参加してるものを掘っていこうと思ってリアルタイムの作品を聴いていったんです。

そうしたら、彼らはベーシックにジャズのルーツがあるんだけども、マーク・ジュリアナはロック寄りのもの、クリス・デイヴは普通にヒップホップでもR&Bでも叩いている。そうやっていろんなものを聴いてるうちに、洋楽におけるポップソングも、リズムや音色の面でいろいろと様変わりしていて、そこを面白いと思うようになったんですね。

——なるほど。クリス・デイヴを筆頭としたジャズミュージシャン達の新しいリズム感覚に刺激を受けた部分は大きかった。

冨田:そうですね。

——このあたりは『リズムから考えるJ-POP史』の中でも、宇多田ヒカル『初恋』に参加したクリス・デイヴの名前をあげて書かれています。つまり、こうした変化はJ-POPのメインストリームでも起こっていることである。imdkmさんはそこにどういう新しさを感じますか?

imdkm:もちろんクリス・デイヴやハイエイタス・カイヨーテのような現代のジャズミュージシャンたちのリズムのアレンジ、演奏能力や楽曲の作り方は素晴らしいと思うんですが、それと同時に衝撃を受けたのが、リズムやグルーヴの変化を、楽曲の物語を進める手段として使っていることなんですね。

たとえば、曲の最初はストレートな16ビートだったのが、途中で5連符っぽい、もたったグルーヴにガラッと変わる。それで曲の風景が変わる。これは新しいナラティブだなと思ったんです。そういうリズムの面白さを開拓したというところに現代ジャズのプレイヤーの功績があると思います。

加えて言うと、これはクリス・デイヴについて宇多田ヒカルが言ったことなんですけれど、クリス・デイヴは宇多田ヒカルが自分自身の自然な気持ちよさから書いていたリズムをきちんと数学的に解釈できて書き起こせる人だったっていうことなんですね。「それが信頼のおけるところだった」と言っていた。

それまではドラマーの癖のような微妙な感覚だと思われていたものを、因数分解できて、しかもそれを再現できる演奏能力もあった。頭の中にDAW的なグリッドを描けてしまう人々のならではの感覚が、現代ジャズのユニークさの源泉なのかなと思ってます。

クリス・デイヴ〔PHOTO〕gettyimages

——DAWというのは、コンピューターで録音した音源を波形を見ながら解析してエディットすることのできるソフトウェアですよね。2000年代にその環境が普及してきた先に、解析したグルーヴを肉体的に演奏できるプレイヤーが登場してきた。

冨田:やっぱりそういうアプローチは新鮮でしたよね。2010年代の中盤がピークだったと思うんだけど、奇数連符を使ってリズムの「なまり」をグリッド的に再現できるプレイヤーが増えてきた。そういうアプローチは、昔はそんなになかったから。

 

リズムの「なまり」とは何か

——リズムの「なまり」というのがキーワードなんですね。なかなか難しい概念だと思うんですが、これをわかりやすく噛み砕いて解説していただけますでしょうか。

冨田:もともとは世界各地にそれぞれ特有のリズムの「なまり」、文字通り「訛り」があって、それを指していましたが、ここでいうリズムの「なまり」というのは、基本的には、ヒップホップなどでレコードをサンプリングしてループさせたときに生まれたものなんですね。サンプリング元のレコードにおける演奏はメトロノームと一緒に演奏してなかったりするわけで、一部を抜き出すとズレてたり、よれてたりするんです。

でも、J・ディラという人が、普通に聴いたら「よれてるんじゃない?」って感じるようなリズムをサンプリングして繰り返した。そうすると、1小節はよれてても、それが規則正しく繰り返されるわけです。そこが重要で、そうすることによってグルーヴが生まれた。それが粘った感じでカッコいいとされるようになった。

imdkm:もともと、リズムというのはジャストで鳴らすのがいつもカッコいいと限らないわけです。同じリズムパターンをずっと繰り返すファンクみたいな音楽でも、楽曲の進行や他の楽器との絡み合いによって、リズムの気持ちいいポイントは常にズレている。サンプラーで切り出すことによって、そのフィジカルな揺らぎとしてのズレが、それ自体でグルーヴになってしまったわけですよね。

一方で大きいのは、シーケンサーの導入によって、リズムのグリッドをどのくらい外れると気持ちいいのか、どれくらいピッタリだと気持ちいいのかという感覚が、作り手側の中で鋭敏になってきた。リズムに対する意識がどんどん先鋭化してきたことも大きいと思います。