今、J-POPとは何か?「リズム」から見えてくる2010年代の変化

キーワードは「なまり」、その影響とは
柴 那典 プロフィール

J-POPを作ったのは誰か?

——お二人に改めてお伺いしたいんですが、J-POPをJ-POPたらしめているものって、なんだと思いますか? 考える切り口はたくさんあると思うんです。90年代のCDバブルの時代に生まれたものと言うこともできるし、一方で昭和の時代の歌謡曲からつながるものもあるとも言うこともできる。このあたりはどんなふうに考えてらっしゃいますか?

冨田:小室哲哉さんと小林武史さんというお二人が、 J-POPに関しては重要だと思います。

というのは、小室さんの作った音楽は、歌謡性もすごく高いけれど、リズムや音色のアプローチとしてはダンスミュージックの側面が強い。つまり、小室さんがやったことは「ダンスミュージックをJ-POPの範疇に入れた」と言うことができるんですね。

一方で、J-POPにはいわゆる歌謡曲やニューミュージックといった、それ以前の日本語のポップスからの流れがある。その流れを更新してJ-POPにしたのが小林武史さんということになる。2000年頃にスタジオで「J-POPを作ったのは小林武史さんだったね」という話をスタッフ同士の雑談として話したこともあったんですけれど。

imdkm:その見方はとても興味深いです。ということは、歌謡曲からの連続性の下でJ-POPを捉えた時に小林武史さんの仕事が重要だという話ですよね。

冨田:そうですね。歌謡曲からの連続性を保ちつつ、アップデートされたものがJ-POPというイメージです。

imdkm:僕がこの本でとっている立場は逆なんです。「J-POPを歌謡曲から切断したものは何か」という話をするならば小室哲哉さんを最初に語るべきだ、というスタンスなんですね。

J-POPを戦後の日本のポップ・ミュージックの連続性のもとで捉えるのか、そこに切断があると言い切ってしまうか。それによって、小林武史さんにフォーカスを当てるか、小室哲哉さんにフォーカス当てるかのスタンスの違いが生まれるわけです。

 

——この本では坂本龍一さんの発言を引用しながら「小室哲哉がリスナーを教育した」という書き方をしていますね。リズムに関しての新しい概念をリスナーに植え付けた、と。

imdkm:加えて言うならば、CDの登場でリスナーの消費スタイルが変わったことによって従来あったジャンルのヒエラルキーが相対化されてしまったというような見立てがあるんです。CDバブル時期特有のリスナー環境がそれを可能にした社会的な条件でもあった。「切断した」と言い切ってしまおうと思ったのはそこが大きいですね。

——冨田さんは90年代のCDの普及、それによる音楽市場とリスナー環境の変化をどう捉えてらっしゃいますか?

冨田:CDになって、音楽を聴くということが格段と手軽になったのは確かですね。それ以前はレコードをしょっちゅう買うのは音楽がすごく好きな人に限られたんですけれど、ライトなリスナーがどんどんCDを買うようになった。そういう時代でしたから、音楽の制作バジェットもいまと比べると潤沢でしたね。

あと僕個人はリスナーとして、90年代から2000年代くらいまではリイシュー文化の真っ只中にいたんです。なので、僕自身もCDを山ほど買うようになりました。

新しいリズム感覚、新しいナラティブ

——ここからは、今のJ-POPにおけるリズムの革新についてお伺いします。まずimdkmさんは、プロデューサーとしての冨田恵一さんのここ最近のお仕事についてはどう見ていますか?

imdkm:ここ数年、素晴らしいと思った作品のクレジットを見ると冨田さんがプロデュースであることが本当に多いんです。

たとえば冨田ラボの『M-P-C "Mentality, Physicality, Computer"』にしても、今年出た高野寛さんの『City Folklore』にしても、自分が思う今のポップ・ミュージックの面白さのまさにそのツボをついてくるようなサウンドを作っている。

もともと冨田さんが持っているAOR的、ジャズ的な意匠とファンクのリズム感を合わせたようなアレンジの中に、非常に現代的なサウンドの処理を持ち込んでいる。そのクリエイティビティにはとても驚いていますし、すごく尊敬しています。

冨田:ありがとうございます。

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