創業以来、初の給料遅配…戦後講談社の新社長が挑んだ「大改革」

大衆は神である(79)

ノンフィクション作家・魚住昭氏が極秘資料をひもとき、講談社創業家・野間家が歩んできた激動の日々と、日本出版界の知られざる歴史を描き出す大河連載「大衆は神である」。

戦後に吹き荒れた粛清の嵐をくぐり抜け、社長への復帰を果たした野間省一。だが、息をつくまもなく、忠君愛国のイデオロギーに染まった旧態依然たる講談社の社風と、激変する出版界の競争の波への対応を求められる——。

第八章 再生──省一体制へ(2)

全社員に向けて

省一は社長に復帰後、初めて開かれた6月21日の部課長会議に出席していない。復帰反対の空気濃厚なところへ強引に出て行って波風が立つのを避けようとしたのだろう。代わりに、その2日後の23日、組合と覚書を交わした当日の午後3時に臨時社員大会を招集した。

記録によれば、6階講堂の壇上に立った省一はこう切り出している。

「私、当社社長に就任するのに当り、相共に本社発展のため、全力を尽くして努力いたしたく、ここに私の日頃抱懐いたします抱負の一端をお聴きいただきたく、皆様のお集まりを願った次第であります」

緊張ぶりが目に浮かぶような、強ばった語り口である。それはそうだろう。下手なことを言えば社員たちの反発を食らう。といって、当たり障りのない話でお茶を濁すわけにいかない。講談社を再建するには、自分の考えを全社員に理解してもらわなければならないのである。

省一は次に、4年前の敗戦時を振り返り、そのとき「首脳部の陣容立直し」を行い、「戦時中の活動に対する反省」をしたと述べている。

また、「本来ならばその際更に進んで積極的に新しい時代に対し、指導的役割を果すべき文化事業として新しく発足すべき」だったが、「民主主義を僭称する一部常軌を逸したものからの攻撃」や「用紙の生産不足に基づく配給の不円滑」などで「なんら積極的に刷新を行うことなく今日に至った」と、講談社の現況を総括している。

 

本社は本来の面目に立ち帰らねばならぬ

それから話は本題に入っていく。ここから先は、戦後の講談社の方向性を決定づけたと言ってもいい部分なので発言記録をそのまま引用する。

<申すまでもなく、本社はわが国第一の出版事業体であります。従って私たちはここに何よりもまず本社が一つの文化事業としてわが国文化の向上発展に貢献することを最高の使命とするものであることを再確認いたしたいと思います。一つの事業である限り、事業として成り立っていかねばならぬことは勿論でありますが、しかし、単なる営利が目的であってはなりません。

元来本社は四十年前に創立せられて以来、常に「社会の教化」ということを念頭におき、「私設文部省」とまで呼ばれてまいりました。その限りでは、本社は本来の面目に立ち帰らねばならぬと考えられます。ただ、従来、ともすればこの使命達成に際し、御用的であり、時勢迎合的であるとのそしりを受けてまいりました。幸いにして、本社は最も多くの大衆を把握し、最も多数の民衆に愛せられ、その点最も民主的であるということができます。

ここに私たちは、唯今述べました長所と欠点とをよく併せ考えて、新鮮な感覚と冷静な判断とによって、わが国文化の向かうべき方向をとらえ、各雑誌、出版各課おのおのその特色を発揮して、使命の達成につとめ、以て混沌たる現下のわが国の再建に指導的役割を果して、わが国第一の出版社たる実を挙げたいと念願するものであります>

省一は、講談社を「単なる営利が目的」でない「わが国文化の向上発展に貢献することを最高の使命とする」出版事業体だと規定している。多くの場合、こうした言葉は建前にすぎなかったり、きれい事だったりするのだが、これは彼の本心である。でなかったら、経営が傾いているときにわざわざ営利目的の活動に水を差すような言葉を発したりしない。

もとはと言えば、彼が満鉄エリートの身分を捨てて野間家に入ったのも、組合の反対を押しきって社長に返り咲いたのも、出版という、金銭を超えた価値を創造する事業に身を投じたかったからだろう。その意味での、彼の情熱のありようは終生変わることがない。