テスラの成功が示した「営業マンはもういらない」の残酷な現実

ある資本家からの問いかけ②
三戸 政和 プロフィール

伝説の営業マンはもういらない

テスラは、イーロン・マスクの営業戦略によって、無駄な戦いに巻き込まれず、戦わずして勝つことになるだろう。

自動車販売の世界は、保険や証券とならぶ、伝説の営業マンが誕生する業界だ。中でも有名なのが、シボレーの営業マンだったジョー・ジラードだろう。彼は15年間で1万3001台の車を売り、世界一の営業マンとしてギネスブックにも登録されている。

ジョー・ジラードに関する本はたくさん出版されているので、彼の営業手法に学ぶ営業マンも多いだろう。

ジョー・ジラードがもっとも大事にしていた営業ツールが自分の顔写真入りの特注の名刺だ。彼はこの名刺を週に500枚配ることを自分に課し、ときにはフットボールの試合で、名刺を紙吹雪のようにばら撒くこともしたという。

また、顧客に手紙を出すという手法も駆使していた。彼は自分の顧客リストにいるすべての人に対して、毎月手紙を出していたという。新年のあいさつ、バレンタイン、誕生日などさまざまなきっかけを利用して、数千とも1万とも言われるリストにあるすべての顧客に毎月だ。

彼はインタビューでこう言っている。

「自分が気に入ったセールスマンと、納得できる価格。この2つが一緒になれば、だれでも車を買いますよ。」

彼は、顧客に好意を持ってもらうことで、世界一の営業マンになった。彼がその独自の営業手法によって目指した、「好意を持ってもらう」という目的は正解なのかもしれない。しかし営業の戦術としてはどうだろうか。

彼は15年間、毎週500枚の名刺を配り、毎月、膨大な数の顧客に手紙を書き続けた。当然、商談など他の業務もある。その業務量はいかばかりだったのか。この戦術を自分に課す分にはいいが、これをだれかに強いるとしたら、かんぽ問題やスルガ銀行のようなことが起きるのではないだろうか。

ジョー・ジラードは、当時のシボレーには多くをもたらしたのだろう。しかしテスラに彼は必要ない。それが営業戦略の重要性を表している。

いまはSNSがあるんだから

ここまでの話で、私は単に「いいものを作れば営業はいらない」と言っているように聞こえるかもしれない。営業戦略においてどんな商品を作るかが重要なのは論をまたないだろう。ただ、ここで重要なのは、「いいもの」をどう捉えるかだ。

1970年代までの高度経済成長期の日本は、作り手側の技術や理論をベースに商品を設計し販売する時代だった。いわゆるプロダクトアウトだ。つまり、当時の「いいもの」は作り手が「いい」と思うものであり、「作ったものを売る」時代だった。

しかしその後、市場の成熟化と技術のコモデティ化が進み、バブルの崩壊による平成不況という背景も相まって、プロダクトアウトの「いいもの」が売れない時代になる。そして消費者の視点やニーズを重視するマーケットインの発想が広がった。「いいもの」を消費者が決める時代になったということだ。

しかしマーケットインでも、消費者の想像力は既存商品の延長線上にしかない。Appleのスティーブ・ジョブズの言葉を借りれば、「消費者に、何が欲しいかを聞いてそれを与えるだけではいけない」のだ。

私は、マーケットインが不要だと思わないし、プロダクトアウトの思考も重要だと思っている。しかしこれから時代の「いいもの」とは、従来のプロダクトアウトやマーケットインとは別の思考から生まれてくるのではないだろうか。

おそらくその思考とは、ユーザーのエクスペリエンスを重視する思考だ。つまり、これからは、その商品によって「いいエクスペリエンス」が得られる商品が「いいもの」になる。いわゆる“コト消費”の重視とつながる考え方だ。これをイーロン・マスクは理解しているように思う。

いまはSNS隆盛の時代であり、情報流通のコストは限りなくゼロに近い。あるひとりの人間が、ある商品で得た感動的なエクスペリエンスは、あっという間に世界で共有される。つまりいまの時代において、メーカーはユーザーのエクスペリエンスを追求した商品を形にできれば、無駄な営業は必要なくなるということだ。営業がなければ公害も生みだすこともない。

実は、日本にも、何十年も前にこのような発想で商品を作っていた会社があった。SONYである。SONYが商品開発において重視したのは、いわゆる市場調査ではない。SONYは社員をあげて、消費者の生活をじっくりと観察し、消費者は何をしたいのか、何を求めているかを探ることから商品を考えたという。

その上で、ソニーの技術で何ができるのか、どのくらいの価格でできるのかを検討して商品化を進めた。SONYが見ていたのは、SONYの商品が与えられる消費者の生活におけるエクスペリエンスだったと言える。

そしてSONYは「ウォークマン」を発売する。ウォークマンは当時の市場にあったカセットデッキのトレンド分析からは出てこない商品だ。そして間違いなく、消費者にかつてないエクスペリエンスを与えた。

当時はSNS時代ではなかったので、売れ始めるまでの営業にはいささか苦労したようだ。しかしそれも一旦火が付けば、驚くほどのスピードで世界中に受け入れられていった。