化学物質を測る精巧な分銅をつくる仕事、ということですね。
「はい。じつは私は入所以来、一貫して標準物質をつくってきました」
標準物質1つつくるのに2年かかる
こういうものです、といいながら、井原さんは指先ほどの小さな瓶を取り出してきた。理科室の鍵のかかった棚に置いてありそうな、遮光性の高い瓶の中に、粉のような物質が入っている。

拡大画像表示
「これ1個、世の中に出すのに2年以上かかりました。これはドーピング禁止薬物のテストステロンですが、他の物質でも、一般に1~2年は要するのがふつうです」
1個あたり1~2年もかかる作業を何種類も……、根気のいるお仕事ですね。薬のように大量生産はできないのでしょうか?
「これがどれだけ正しいかという評価に時間がかかるのです。たとえば、純度99.8%の証明書をつけて出すのなら、その99.8%がどれだけ正確かという証明書を書かなければいけません」
「化学物質に詳しい神様」がいてくれたら…
そんな精度をどうやって確認するんですか?
「化学物質に詳しい神様がいて、『これは純度100%のテストステロンである』といってくれれば楽なんですけど(笑)、もちろんそんなことがあるはずもなく、私たち自身で調べて表明するしかありません。
具体的には、純度が100%であることを証明するために不純物を探します。いろんな測定器にかけて、不純物があるかないかを見極める。これが、非常に時間のかかる作業なのです」
井原さんは、“やっかいなやつ”を飼っている、とでもいいたげな顔で笑う。
「要するに、目には見えないゴミ拾いみたいなもので、たんねんに潰していくしかないのです」
標準物質づくりはいつ、どのようにしてはじまったのか?