そんな私も大人になり、テレビやネット上で慰安婦や靖国神社の国家間での政治的・感情的な問題を目にすることが多くなり、

「アメリカとも色々あるけれど、中国と韓国よりはいい関係を形成できているのはなぜだろう?」

という疑問を抱くようになりました。

祖父母が語ってくれた戦争体験

私の戦争に対するイメージは、私の祖父から聞いた体験談の影響が非常に強いです。現在93歳である祖父は大正15年(昭和元年)生まれ。まさに戦争の時代を生き抜いてきました。そんな祖父は今でも戦争の話をすると目をパキッと開かせ、生き生きと私に当時のことを話してくれます。

祖父は学生の頃から英語が大好きであったため、夜間の英語学校へと通い、英語の勉強をしていました。

そして昭和16年、戦争が始まると、英語が話せるということで、大阪にある造船所へ送られ、通訳の仕事をしながら捕虜となったアメリカ兵と共に船を作りました。過酷な労働環境の中、祖父はアメリカ兵捕虜と絆を深めていました。「おはよう」と話す代わりにウィンクを交わしたり、こっそり食糧を分けあったり、日本兵の見張りがいないときには「戦争したくないよね」と話したり……。

祖父はこの時を振り返って、「なんでこんなに良い人たちと殺し合わなきゃいけなんだろう?」と、毎日のように思っていたと言います。

昭和20年、祖父は志願し、兵隊になります。20歳の時です。今の私の年齢とそんなに変わらないと思うと信じられません。「怖くなかったの?」と尋ねると祖父は、「当時は兵隊に行かないことが恥で、国のために死ぬのが当たり前だったからね」と語ります。