「一度だけ、彼女の仕事場に遊びに行ったことがあるんです。まるで寺院の境内にある六角形のお堂のような、変わった部屋でした。出迎えてくれた中島さんはジーパン姿で、『いま、この曲を作ったの。完成したばかりだから他の誰も知らない』と切り出しました。
そして彼女がギターを片手に歌い出したのは『わかれうた』。最初に聴いたときはトーンが低くて、抑揚もない。あまりピンときませんでした。彼女に正直にそう伝えたら、『えっ、そうかしら』と意外そうな表情を浮かべていました。
ですが、何度も聴くうちに歌が身体にしみ込んでくる。次第に、『わかれうた』の持つ魅力がわかるようになったんです」
『わかれうた』の場合は発売後、すぐにヒットを記録した。だが時代を越えて歌い継がれる名曲の中には、発表されてしばらく経ってから「大化け」する曲もある。その最たる例が『糸』だ。
いまや中島みゆきの代名詞ともいえる『糸』は、昨年上半期のカラオケランキングで1位に輝いた。つまり、「日本人に一番歌われている曲」といえる。
この歌が発表されたのは'92年。当時、中島は『糸』の歌詞について、「人生の中で、それぞれの糸を紡いでいる男と女。そのどちらか片っぽだけじゃ、できることに限りがある。男と女は違う生き物。違うからこそ、お互いが触発されるんです」と語っている。
'80年代から彼女の作品を手掛け、まさに中島の「同志」である音楽プロデューサー・瀬尾一三氏はこう振り返る。