便利なのに時間に追われる現代に

『ローマ法王の言葉』より

夫は妻の話を、妻は夫の話を、親は子供の話を、そして、高齢のおじいさん、おばあさんの話を聞くために時間を取っていますか? と、法王さまは問いかけます。

ネット社会がどんどん発展しています。私たちの生活は便利すぎるくらい便利になって、時間に余裕ができたはずなのに、時間はいつでも私たちを追いかけてきて、余裕どころか余計に忙しなく感じる毎日です。法王さまは、「耳を傾け、自分の時間をささげるすべを、どうか身につけてください」と仰います。それは「平和の源」だと。本当にその通りだと思います。

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しかし、日々の生活で時間に追われて「耳を傾け、自分の時間を捧げる」ことができないでいる私がいます。例えば、8歳になる私の子供は、毎日学校の宿題もありますし、自分のやりたいことも溢れ、どんどん寝る時間が遅くなります。寝なければいけない時間はとっくに過ぎているのに、まだまだ私に話したいことがたくさんある様子。「一緒に物語を作ろう」とまで言いだします。5分でも早く寝かせないと結局は子供の体調にひびいてしまうと焦る気持ちと、子供が寝てから私自身がやらねばならないことで頭がいっぱいになり、「うん、でも明日にしようね」が何日続いているでしょうか。

子供を早く寝かさなければいけない状況でも、たった10分でもいいのかもしれません。仕事をもっている私だからこそ、この時に時間を作ることができたら、ほんの少しのことで子供に満足感をあたえてあげられるはずです。

また、どんどん考え方のスピードが遅くなる母にも、口に出すことはなくても心の中でもどかしい気持ちになることがあります。本来は、ちょっと考えを変えるだけで、焦っているだけの時間が楽しい時間に変化するものです。ですが、時間や生活に追われていると理想論だけでは済まされません。だからこそ、この法王さまの言葉を毎日胸におきます。

マザーテレサも「習慣は性格になる」と仰っています。子供への「明日ね」「後でね」「早く、早く」の口癖は習慣であり、そういう性格になっていっている私がいます。でも、笑顔で子供の言葉に立ち止まってみると、私も楽しい気持ちになります。母にも「いいよ、いいよ、お母さんのスピードで」と母の言葉に耳を傾けると、母への愛おしい気持ちでいっぱいになります。仕事をしているときも、相手が自分とは違うなと思う意見を言っていたとしても、まず、聞いてみる。そうすると、新しい発見があったりします

『ローマ法王の言葉』より (C)ロイター/アフロ