中島みゆきの「魂の歌声」に圧倒され、救われた人々の証言

重く尖っているけど、聞き惚れてしまう
週刊現代 プロフィール

中島の人生が転機を迎えたのは高校3年生。

引っ込み思案な自分を変えたい、そんな思いから、自ら志願してギターを片手に学園祭のステージに立った。地味で目立たない生徒が突然、そんな行動に出たのだから、周囲は当然、驚いた。

しかも、当時は時代的に男尊女卑の考えが根強く残っていた。女学生がステージに立つ、それだけでヤジやトイレットペーパーが飛び交った。だが、彼女はそんな大混乱の中で『鶫の歌』というオリジナル曲を歌い切る。

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ステージを降りた瞬間、それまで話したこともなかった女子生徒が「すごかったよ!」と駆け寄ってきてくれたのだ。

それはまさに、自分自身の歌で、自分が生まれ変わった瞬間だった。このステージが、中島の原体験となった。

私も、あなたを見ている

高校卒業後、彼女は札幌にある藤女子大学の国文学科に進学。それまでの鬱憤を晴らすように積極的に音楽活動を始める。前出の前田氏はこう振り返る。

「当時、彼女は藤女子大に通いながら北大の学生たちと一緒に『壊れた蓄音機』というバンドを組み、当時の人気フォークグループだった『五つの赤い風船』などのコピーをしていました。

 

あるとき、『壊れた蓄音機』のリーダーから『うちの美雪(中島の本名)はオリジナル曲も書いているんだ。もし披露できる場があったら、彼女を出してやってくれ』と持ちかけられました。僕はさっぽろテレビ塔の隣にある北光教会の2階を借りて『気ままなフォークコンサート』という無料ライブを開いていたので、出てもらうことにしたんです。

彼女のオリジナル曲を聴いた瞬間、打ちのめされましたね。ギターは上手いし声量も申し分ない。あの時点で、ミュージシャンとしてかなり高いレベルで完成されていた。彼女は当時から、後に発表される『踊り明かそう』や『彼女の生き方』、『妬いてる訳じゃないけれど』を歌っていました」