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中島みゆきの「魂の歌声」に圧倒され、救われた人々の証言

重く尖っているけど、聞き惚れてしまう

困難に打ちのめされて、絶望の淵に突き落とされる。もうダメかもしれない。そんなとき、彼女の声は僕たちの背中を力強く押してくれた。暗くて、重い。だからこそ中島みゆきの歌は胸に響くのだ。

ずっと怒っている

「中島さんと初めて会ったのは、彼女がまだ19歳のころでした。素顔の中島さんは、本当にナチュラルで物腰の柔らかい人。彼女の生み出す、力強くエネルギーの籠もった曲のイメージとは裏腹です。ギャップのある、いくつもの表情を持っている。それが中島さんという人間なんです。

ただ、彼女にはずっと変わらないテーマがある。強い者が弱い者を踏みつけて成り立つ社会に対して、激しい怒りを持っているんです。

 

いつだって世間は厳しいし、生きていくのは大変なこと。ですが、どんな状況にあっても、自分の人生の舵は自分で取らなければいけない。困難に立ち向かっている人を歌で励ます、それが彼女の信念なのでしょう」

デビュー前の中島みゆきと共にライブ活動を行い、現在は札幌にある喫茶店「ミルク」でマスターとして働く前田重和氏は振り返る。

歌手・中島みゆき(67歳)。'75年に『アザミ嬢のララバイ』でデビューして以来、およそ45年にわたって「日本のこころ歌」を生み出し続けている天才だ。

これまでミリオンヒットを記録したミュージシャンは多かれど、中島みゆきだけは別格。

彼女は'70年代から'00年代にかけて、『わかれうた』('77年)、『悪女』('81年)、『空と君のあいだに』('94年)、『旅人のうた』('95年)、『地上の星』('00年)がオリコン1位を獲得している。アルバムとシングルを併せた総売り上げは、実に2000万枚以上に及ぶ。

そんな彼女の原点は、生まれ故郷の北海道にある。父の中島眞一郎氏は北海道帝国大学の医学部を卒業し、中島が誕生した'52年には札幌医科大学の産婦人科医として勤務していた。いわゆる「エリート家系」だ。