オリラジ中田敦彦「ワイドショーが『家父長的価値観』に縛られるワケ」

「学び」のための情報収集の心得

プロの芸人でありながら、より自由な表現と情報発信を求めて「教育系YouTuber」の世界に殴り込みをかけた、オリエンタルラジオ・中田敦彦。

「中田敦彦のYouTube大学」では、ときにテレビや新聞といった既存メディアでは「タブー」とされる社会問題にも、巧みな話術を武器に切り込んでいく。「心から届けたいと思ったコンテンツを、視聴者に届ける」という、中田が思い描く理想がそこには具現化している。

かつて中田が目の当たりにした、マスコミの「限界」とは何だったのか? 最新刊『勉強が死ぬほど面白くなる 独学の教科書』で、その実態を明かした──。

 

「テレビ番組」を学びのツールにしない

以前、僕はテレビの情報番組でコメンテーターをしていたことがあります。コメンテーターの仕事は勉強になることも多かったのですが、一方で、僕自身はテレビのニュース番組やワイドショーはまったくと言っていいほど観ません。なぜなら、圧倒的に効率が悪いからです。

コメンテーターをしていたときに気づいたテレビ番組の問題点の1つとして、「放送の時間枠があらかじめ決まっている」ことがあります。

本当は、放送時間はコンテンツの「量」に左右されるべきです。

YouTubeの動画は、10分だったり、30分だったりと時間がまちまちです。これは、コンテンツの内容優先で尺が決定しているからです。10分で伝えられる情報は10分で伝えればいい。わざわざ30分も使う必要はない。単純明快な「理屈」です。

ところが、テレビはそれとは別の「理屈」で番組を制作しています。テレビは時間枠モデルであり、放送の時間枠にその日のトピックを入れていく「お弁当箱形式」で番組づくりをしています。

結果として、時にどうしても1つのニュースを薄く引き延ばして放送する必要性に迫られたりします。5分で済むようなニュースを延々と60分に引き延ばす光景は、もはや日常となっています。