2019.12.06
# エンタメ

31歳で夭逝した美しき天才歌手・村上幸子をご存知か

今なおファンが増え続ける
小泉 カツミ プロフィール

現役時代を知らないファン

小野芳文さん(68歳)は、かつて芸能プロダクション「ホリプロ」に勤務し、音楽プロデューサーとして活躍していた。

ホリプロ所属の森昌子の『信濃路梓川』『波止場通りなみだ町』『哀しみ本線日本海』などを手がけ、続いて担当したのがホリプロに移籍したばかりの村上幸子だった。『不如帰』『放浪記』『京の川』などの後期の作品は小野さんのプロデュースによるものだ。

 

小野さんは、3年ほど前からYouTubeで村上幸子の動画を観るようになった。

「ああ、この曲のレコーディングの時はこうだったなぁ、懐かしいな、という想いで観ていたんですよ。それにしても動画の数が多いなぁとちょっと不思議でした。それで、コメント欄を見てみると、驚いたことに実際に幸子が生きていた時ではなくて、亡くなってからファンになった人たちがたくさんいることに気づいたんです」

1996年、村上幸子7周忌の年に出版された『さっちゃん物語』という本がある。これは、ラジオ番組「走れ歌謡曲」パーソナリティの小池可奈さんが、幸子の死後、幸子をよく知る作詞家、作曲家、歌手仲間、芸能プロ、レコード会社などの関係者を訪ね、幸子に関するインタビューを重ねてまとめたものだ。この本の中に、小野さんもたびたび登場している。

1988年3月26日、『不如帰』プロモーションビデオロケ逗子にて 写真提供/蘇我飛鳥

小野さんは、ネット上に散見する幸子が亡くなってからファンになった人たちに強い興味を持った。そしてぜひ彼らに会ってみたいと思うようになっていた。

「そこで、思いきって『村上幸子を偲ぶ……』というファンサイトにメッセージを入れてみたんですよ」

──『さっちゃん物語』に出てくる音楽プロデューサーの小野と申します。皆様の熱い思いに感激しております。できることなら、私の携帯電話に連絡いただければ幸いです──

「そしたら、5分も経たずに携帯が鳴りました。その人が蘇我さんという方で、『いやあ、驚きました』というのが彼の最初の言葉でした。そこから交流が始まったんです」

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