大人気『おっさんずラブ』シリーズが斬新かつ画期的だった理由

歴史とのつながり、新しいメッセージ…
佐伯 順子 プロフィール

ただ、男子寮的要素を踏襲してはいても、“普通のおっさん”たちの日常生活を描いているため、死や別離で終わるファンタジー的要素(佐伯『男の絆の比較文化史』)は薄い。

主人公や主要登場人物の死で、関係が物語的に美化されるのではなく、結婚という日常的なパートナーシップを志向する『おっさんずラブ』の結末は、より現実的である。その意味では、同性婚の認知を求める現代の当事者の運動とも発想を共有している。

では、ドラマは現実の当事者のエンパワメントにつながるのであろうか。

 

オーディエンスの反応を確認すると、当事者にむけてのメッセージとして有効に機能しているというよりは、従来のように女性が男どうしの恋模様を楽しむという受容が主流で、ファンはかつてのオフィスレディを意味するOLをもじったかのように“OL(おっさんずラブ)民”といわれている。

特にシーズン2では、男性間の恋自体への葛藤が薄れ、恋のさやあてに主題が移っているので、現実の当事者の葛藤を十分に描き切れていない面もある。コメディタッチであるため、楽しんで視聴はできるが、深刻な問題提起というよりはエンタテインメントとしての側面が濃い。

それでもなお、このドラマに重要な社会的意義があると思われるのは、前述のように、“乙女でカワイイおっさん”像を提示することにより、威圧的で口うるさいネガティブなおっさん像を肯定的に転換した点と、同性間の恋を明るく楽しく描いた点が注目されるからである。

明るく楽しい描写に終始しすぎると、現実の当事者の深刻さを無視した過度な楽観性が問題化しかねない。

しかし、あえて男性間の恋をお笑い要素も含めて描くことで、オーディエンスの受け入れやすさが生まれ、テレビという媒体を通じて日常世界に男どうしの恋模様が“普通”のものとして浸透する効果が期待できる。“日常風景”として受容されれば、偏見も解消される可能性が高まる。

同性愛の親が子供を家庭で教育するのは“教育上悪い”という批判も、同性愛批判の定番のひとつとして存在するが、夏の劇場版公開の際、夏休みの「家族」向けとして『おっさんずラブ』が宣伝されたことは、実に画期的であった。

おっさんへのエンパワメントとしても、差別解消に向けても、『おっさんずラブ』は過去の歴史的背景とのつながりをもちつつ、多様性を認める自由な社会への新たなメッセージを提示しているのである。