ジャパンディスプレイの経営危機、いよいよインパール作戦じみてきた

まさにモラルハザードの極致
加谷 珪一 プロフィール

インパール作戦の現実

一連の不可解な状況を総合的に判断すると、同社の経営は発足当初から大きな問題を抱えていたと判断せざるを得ない。こうなってしまった最大の理由は、説明するまでもなく、政府が全面支援する国策企業であり、税金という責任の所在がはっきりしない資金が湯水のごとく投入されたからである。

同社の発足当初から、価格破壊が進む液晶で韓国勢とコスト勝負するというビジネスモデルに対しては疑問の声が上がっていたが、「官民を挙げて世界で戦う」「日本の技術に世界が驚嘆」といった、熱狂的な声にかき消され、こうした指摘が顧みられることはなかった。

〔PHOTO〕iStock
 

上場直後の2度にわたる下方修正や、赤字転落、工場建設の資金問題といった出来事が発生しても、誰もJDIを止めることができなかった。その意味では、JDIはまさに現代のインパール作戦といってよいだろう。

インパール作戦については、それなりに意義があったという意見や、あくまで結果論であって、当時の認識は違ったとの見解もあるが、筆者に言わせれば、それも後講釈に過ぎない。

筆者の伯父は陸軍士官学校出身だが、予科在籍当時、新しい校長として赴任してきたのが、インパール作戦の最高責任者だった牟田口廉也中将だった。当時、インパール作戦の実状は伏せられていたとされるが、少なくとも士官学校内では広く知れ渡っており「陸軍はとんでもないことをやってしまった」との受け止め方が大半だったという。

着任に際しての訓示で、自らの功績を過度に賛美する牟田口氏に「校内はシラけた雰囲気になった」と、生前、伯父は筆者に語っていた。

国家主導というお題目が掲げられてしまうと、「うまくいかなかったのでやめます」とは言い出せなくなり、最後はコントロール不能になって暴走が加速する。何度も作戦中止を求める声が上がりながら、3万人の死者を出すまで止められなかったインパール作戦と、引き返すタイミングを決断できなかったJDIの迷走は同じ図式といってよい。