追悼・中曽根康弘氏──「節制と精進の名宰相」に捧ぐ

大食も深酒も、決してしなかった
岡崎 守恭 プロフィール

「孤独」の中で思索

中曽根氏ほど激しい毀誉褒貶にさらされた政治家は稀である。風見鶏と揶揄され、その政治活動の軌跡は何度も疑獄に巻き込まれそうになったり、浮き沈みの沈み方も尋常ではなかった。死去が伝わったとたん、称賛の嵐が起き、中曽根氏も苦笑していることだろう。   

その中でも座禅や水泳、さらには日の出山荘でほら貝を吹く姿などが映像となって広まったことから、パフォ―マンス政治とこれを揶揄して評する声がある。もちろん中曽根氏にも計算があっただろうし、その通りなのだが、実はそれだけでもない。

中曽根氏は座禅と水泳をひそかに「電話撃退作戦」と称していた。

政治家、それも首相ともなれば新聞の「首相動静」欄を見るまでもなく、人との応接にいとまあらずの状況。官邸から居住する公邸に引き揚げても、今度は電話の攻勢である。「ご注進」「ご相談」の電話は引きも切らず。いることが分かっているから、出ないわけにもいかない。

小渕恵三元首相は自ら「ブッチホン」と称された電話をするのを人心掌握の武器としていたが、かかってくる電話の量はその比ではなく、これが静養の時間を奪い、死期を早めたとまで言われた。

中曽根氏は政治家は必ず一人になる時間を持ち、思索に努めるべきだというのが持論だった。「孤独の勧め」である。

座禅も水泳も「孤独」になるための苦肉の策だったとも言える。「水に潜っている間は少なくとも電話はつながらないからね」と苦笑していたことを覚えている。

選挙に落ちればただの人になってしまうのだから、一概に批判はできないが、一日も休まずに駅頭で「辻立ち」をしていることを自慢するくらいなら、孤独な思索の時を持てとも漏らしていた。

その「孤独」を体現するための場が「日の出山荘」だったのである。