なぜ中世の日本人は「犯罪者の家を焼き払った」のか

日本の刑罰観を解き明かす名著が復刊
清水 克行 プロフィール

笠松氏による「夜討ち」の章によれば、漆黒の闇が支配した中世の夜は、昼間の世界とはまったく異なるルールが存在していたという。

夜中に稲を刈ったり、作物をもって村内を通行した者は厳罰に処す。その一方で、武士たちの「夜討ち」は卑怯な不意打ちどころか、一種の武芸として許容されていた。この時代、夜には「夜の法」があり、「昼の法」はまだ限定的にしか社会に影響をおよぼしてはいなかった。

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つまり、中世の人びとは私たち現代人とはまったく異なる犯罪観をもっており、それにともない刑罰も私たちの想像を超える実態をもっていたのだ。本書では、これらの興味深い事実が次々と提示され、それだけでも読者は十分に知的好奇心を満たすことができるだろう。

同じく笠松氏による「盗み」の章によれば、当時の一般庶民は盗みを極端に忌避しており、そのために村落内では盗犯はどんなに少額であったとしても死罪(ともすれば一家皆殺し)であったという。

ところが、一方で為政者(公家・武家)の側は、これをさほどのこととは考えておらず、一様に盗みに対しては寛大な姿勢を示し、むしろ村落側のリンチの暴走に歯止めをかけようとすらしている。

 

権力はつねに豺狼(さいろう)のように暴虐で、庶民はつねに子羊のように柔弱だったなどと侮ってはいけない。そこには、ときに鎌倉幕府すらも戸惑わせた過酷な民衆社会の一側面が垣間見える。